大和三山

大和三山

大和三山は、奈良盆地の南に低く並び立つ畝傍山・耳成山・天香久山の三つの山をまとめて呼ぶ名です。いずれも標高二百メートルに届かない小さな山ですが、万葉集では人のように妻を争う姿に見立てて詠まれ、三山に囲まれた平野の中央には日本で初めての本格的な都である藤原京が営まれました。2005年には三山そろって国の名勝に指定され、古代の都の記憶をとどめる風景として守られています。

地域名数>大和三山
畝傍山
🌿 自然🏯 歴史
📍 奈良県 橿原市

畝傍山

(うねびやま)

畝傍山は標高およそ199メートルで、大和三山のうちで最も高くいちばん堂々とした山容を見せます。東の麓には初代神武天皇を祀る橿原神宮が広い森を構え、北東には神武天皇陵が営まれていて、日本の国のはじまりの地として語られてきました。万葉集では瑞山とも詠まれ、三山歌では二つの山に争われる相手役として登場します。

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耳成山
🌿 自然🏯 歴史
📍 奈良県 橿原市

耳成山

(みみなしやま)

耳成山は標高およそ140メートル、大和三山のなかで最も低く、田畑の中にひとつだけ整った円錐形で立つ山です。よそ見のない姿から、余分なところがない山という意味で耳成の名が付いたといわれ、登山口の鳥居には耳無山と刻まれています。藤原京の北を守る位置にあたり、南麓の耳成山公園は桜の名所として親しまれています。

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天香久山
🌿 自然🏯 歴史
📍 奈良県 橿原市

天香久山

(あまのかぐやま)

天香久山は標高152.4メートル、大和三山のうち唯一「天」を冠して呼ばれる山です。天から降ってきた山という伝承を持ち、日本書紀では神武天皇がこの山の土で祭器を作って天下を平定したと語られます。舒明天皇の国見の歌や持統天皇の歌に詠まれた歌の山でもあり、頂からは藤原京の跡が広がる平野を一望できます。

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❓ 大和三山のよくある質問

Q.大和三山のうち最も高い山はどれですか?

A.標高およそ199メートルの畝傍山が最も高く、天香久山が152.4メートル、耳成山がおよそ140メートルで最も低い山です。三山とも標高二百メートルに届かない小さな山ですが、畝傍山は三山のうちでいちばん堂々とした山容を見せます。

Q.大和三山は万葉集でどのように詠まれていますか?

A.中大兄皇子の三山歌では、山を人に見立て、香具山と耳成山が畝傍山をめぐって争ったと詠まれています。天香久山は万葉集のなかで十三首に登場し、三山でいちばん多く詠まれた山で、舒明天皇の国見の歌や持統天皇の歌がよく知られています。

Q.天香久山だけが「天」を冠して呼ばれるのはなぜですか?

A.天から降ってきた山という伝承があるためです。伊予国風土記には、天から落ちてきた山が二つに分かれ、一方は伊予国の天山に、もう一方が大和国の天加具山になったと記されています。この降臨の物語から、三山のうちこの山だけが天を冠して呼ばれてきました。

Q.大和三山と藤原京にはどんな関係がありますか?

A.三山に囲まれた平野の中央に、日本で初めての本格的な都である藤原京が営まれました。耳成山は都の北の端を示す目印の役割も担いました。三山とも奈良県橿原市にあり、直線距離は畝傍山から耳成山と天香久山がそれぞれ約3km、耳成山と天香久山が約2kmです。

Q.耳成山という名前の由来は何ですか?

A.耳がないのは余りがないことで、欠けたところのない整った山を意味するという説が広く知られています。耳成山はどの方向から眺めてもほぼ左右対称の円錐形に見える山で、登山口の鳥居に刻まれた耳無山という表記もこの読み方を裏づけるものです。

📍 所在地マップ