【概要】
妻籠宿は中山道42番目の宿場町で、全国に先駆けて町並み保存運動が始まった歴史的な場所です。1968年に住民が「売らない・貸さない・壊さない」の三原則を掲げて保存に取り組み、1976年には全国で最初に選ばれた重要伝統的建造物群保存地区のひとつとなりました。電線の地中化など徹底した景観保全により、江戸時代そのままの風情が今も息づいています。
【歴史】
妻籠宿は中山道42番目の宿場町として江戸時代に栄えました。明治以降は鉄道や国道の開通で宿場としての機能を失い、過疎化が進みます。しかし1968年、住民たちが「売らない・貸さない・壊さない」の三原則を掲げて町並み保存運動を開始します。これは全国の町並み保存の先駆けとなる画期的な取り組みとなりました。1976年には全国で最初に選ばれた重要伝統的建造物群保存地区のひとつとなり、その保存運動は日本の文化財保護の歩みを大きく変えました。
【特徴】
妻籠宿は江戸時代の宿場町の姿を最も忠実に保存している場所として知られます。電線は地中化され、自動販売機も目立たない場所に設置されるなど、現代の要素を極力排除した徹底的な景観保全が行われています。本陣・脇本陣・旅籠が揃って現存する宿場は全国的にも珍しく、脇本陣奥谷は国の重要文化財に指定されました。狭い街道に面して黒い板壁の家々が立ち並ぶ光景には、江戸時代にタイムスリップしたような臨場感があります。
【見どころ】
脇本陣奥谷は明治時代に建てられた総檜造りの建物で、囲炉裏から差し込む光の筋が美しい「光と影の芸術」として写真愛好家に人気です。妻籠宿本陣は島崎藤村の母の生家でもあり、藤村の文学と深い縁があります。南木曽町博物館では宿場町の歴史を学べます。秋の紅葉シーズンには宿場の両側を彩る木々と歴史的建造物のコントラストが見事です。毎年11月23日には江戸時代の大名行列を再現する「文化文政風俗絵巻之行列」が開催されます。
【トリビア】
妻籠宿の三原則を掲げた保存運動は、当時まだ文化財保護法に「町並み保存」の概念がなかった時代に住民自らが立ち上がった先駆的な取り組みにあたります。この運動がきっかけで1975年に文化財保護法が改正され「伝統的建造物群保存地区」の制度が生まれました。妻籠の名の由来には「妻に会えない寂しい峠道」という切ない説も伝わります。馬籠宿からの旧中山道ハイキングは海外のガイドブックでも絶賛されており、馬籠峠を歩く外国人は年間6万5千人を超え、過去最多を記録した年もあります。
