東海道

(とうかいどう)
📍 神奈川県 箱根町🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

東海道は江戸日本橋と京都三条大橋を結んだ五街道の筆頭で、五十三の宿場を数え、道のりは約492キロメートルに及びました。神奈川県箱根町にある芦ノ湖のほとりには、江戸へ入る鉄砲と江戸から出る女を厳しく改めた箱根関所が復元され、石畳や杉並木とともに、天下の険と呼ばれた箱根越えの姿を今に伝えています。旧街道を歩いて訪ねる人も少なくありません。

【歴史】

東海道は、関ヶ原の戦いの翌年にあたる慶長6年、西暦1601年に徳川家康が伝馬朱印状を出し、沿道の集落を宿駅に定めたことから整備が始まりました。当初は十数か所の宿しかなく、五十三の宿場がそろったのは寛永元年に庄野宿が置かれてからです。以後は参勤交代や物資輸送を支える幹線として、五街道の筆頭に位置づけられました。

【特徴】

江戸日本橋から京都三条大橋までの約492キロメートル、百二十四里余りを結び、普通に歩けば十数日を要する道のりでした。海沿いの平坦な区間が多い一方で、大井川の川越えや今切の渡し、箱根の山越えといった難所を抱えていました。宿場には本陣や脇本陣、旅籠が軒を連ね、五街道の中でも群を抜く通行量を誇り、宿場ごとに名物や土産物が生まれて旅の楽しみも広がりました。

【見どころ】

神奈川県箱根町にある芦ノ湖畔には、元和5年に置かれた箱根関所が発掘調査に基づいて復元され、大番所や足軽番所が往時の姿でよみがえっています。関所から元箱根へ続く旧街道には、元和4年に川越城主の松平正綱が植えたと伝わる杉並木と、ぬかるむ道を改めた石畳が残り、箱根八里の険しさを歩いて実感できます。晴れた日には芦ノ湖越しに富士山を望むこともできます。

【トリビア】

箱根関所は入鉄砲に出女という言葉どおり、江戸に置かれた大名の妻子が国元へ帰るのを防ぐため、女性の通行に手形と入念な改めを求めたことで知られます。滝廉太郎が曲を付けた唱歌の箱根八里に昼なお暗き杉の並木と歌われた並木は、明治37年の新道工事で多くが伐られ、今は四百本ほどが残っています。関所を避けて山中を抜ける関所破りは、重い罪に問われました。

📅 最終更新: 2026/9/8
東海道
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です