武田氏館

(たけだうじやかた)
📍 中部山梨県 甲府市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

武田氏館は、山梨県甲府市にある連郭式の平城で、躑躅ヶ崎館の通称で知られます。永正16年(1519年)に武田信虎が本拠を移して築き、信玄、勝頼と三代六十余年にわたって甲斐国支配の中枢となりました。天守を持つ城ではなく、当主の居館と家臣団の屋敷、城下町が一体となった戦国期の本拠です。主郭跡には武田神社が鎮座し、周囲には堀や土塁がよく残っています。

【歴史】

武田氏館は、永正16年(1519年)に武田信虎が石和からこの地へ本拠を移して築いた居館です。信虎は家臣団の屋敷や社寺を周囲へ配して条坊を定め、甲府という都市の礎を築きました。以後、信玄・勝頼と武田氏三代六十余年にわたって甲斐国支配の中枢となり、1581年に勝頼が新府城へ移るまで政治と軍事の中心であり続けました。武田氏滅亡後も甲斐統治の拠点として一時利用されています。

【特徴】

山梨県甲府市にある連郭式の平城で、通称を躑躅ヶ崎館といいます。一辺およそ200メートルの主郭を中心に、義信の館と伝わる西曲輪、食糧庫とされる味噌曲輪、大井夫人の隠居所と伝わる御隠居曲輪などが連なり、堀と土塁で厳重に囲まれています。高い天守を備えた近世の城ではなく、当主の居館と家臣団の屋敷、そして城下町が一体となった戦国期特有の本拠のかたちをよく示しています。

【見どころ】

主郭跡には1919年に創建された武田神社が鎮座し、参道の石橋と水堀が織りなす眺めは定番の撮影場所として知られています。境内の周囲には堀や土塁がよく残り、北側の梅翁曲輪や西曲輪の枡形虎口をたどると武田氏館の規模を実感できます。宝物殿では国宝の太刀「吉岡一文字」など武田氏ゆかりの品々を展示し、大手門東史跡公園では復元された石塁や堀を見学できます。

【トリビア】

「人は城、人は石垣、人は堀」と語ったと伝わる信玄が、生涯にわたって堅固な天守を構えず居館のまま過ごしたことは、家臣団の結束こそ最大の守りだとする姿勢の象徴としてしばしば語られます。館跡は1938年に国の史跡へ指定され、日本百名城では第24番に数えられます。武田神社は勝負運の神として信仰を集め、大一番を控えた人々の参拝が絶えません。

📅 最終更新: 2026/9/25
武田氏館
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です