【概要】
青森県弘前市にある城。1611年、津軽為信・信枚に築城。江戸時代には弘前藩津軽氏47,000石の居城として、津軽地方の政治経済の中心地となった。江戸時代に建造された天守や櫓などが現存する。日本100名城(4番)の一つ。別名・鷹岡城、高岡城。江戸時代には津軽氏が居城し弘前藩の藩庁がおかれた。この城郭は、日本の歴史において重要な役割を果たしてきました。その堅固な守りと戦略的な立地は、当時の武将たちの知恵と力を今の世に伝えています。訪れる人々は、石垣や堀、復元された建物を通じて、かつての時代の息吹を肌で感じることができるでしょう。
【歴史】
弘前城は、津軽為信が計画し、その子の信枚が1611年に完成させた城で、以後は弘前藩津軽氏四万七千石の居城として明治維新まで津軽地方の政治の中心となりました。当初は五層の天守が本丸の南西隅に建っていましたが、1627年に落雷で焼失します。長く天守を欠いたのち、九代藩主の寧親が幕府の許可を得て、1810年に現在の三層の建物を築きました。
【特徴】
弘前城の天守は東北地方で唯一の現存天守であり、全国に十二しかない現存天守の一つに数えられます。櫓を建て替えるという名目で造られたため、本丸の内側に向く面は簡素な下見板張りとし、堀側の二面だけに破風や狭間を設けて城の正面らしく飾り分けられています。三つの櫓と五つの城門も江戸時代の建築が残り、国の重要文化財です。
【見どころ】
弘前公園として整備された城跡には約2600本の桜が植えられ、堀の水面を花びらが覆う花筏など、日本有数の桜の名所として知られています。本丸の石垣に膨らみが見つかったため、2015年には天守を約78メートル曳屋して本丸の内側へ移す大工事が行われました。石垣から離れて建つ天守という珍しい姿は、この修理期間だけの光景です。
【トリビア】
弘前城は日本百名城の第四番で、鷹岡城や高岡城の別名でも呼ばれてきました。石垣の積直しは2024年末に終わり、天守は2026年に元の天守台へ曳き戻される計画が進んでいます。天守の内部は現存天守らしく階段が急で、往時の造りをそのまま体感できます。堀端には藩政期から伝わる古木も多く、青森県弘前市はいまも桜の管理技術で全国に知られています。




