【概要】
比高約390m(標高583m)の山上に築かれ、城内の周囲約3km、郭内の広さは約6万平方メートルに及び、山城としては日本最大級の規模を誇りました。「芙蓉城(ふようじょう)」の美称を持ちます。
【歴史】
高取城は、元弘2年(1332年)に南朝方の豪族であった越智邦澄が高取山に築いたと伝わる城です。当初は越智氏の本城貝吹城の支城でしたが、戦国時代に本城となり、天正12年(1584年)に筒井順慶が本格的な城塞に改修しました。豊臣秀長の重臣であった本多利久が天正17年(1589年)に新たな縄張りで築き直し、寛永17年(1640年)からは譜代大名の植村家政が入って、植村氏14代が明治維新まで治めました。
【特徴】
高取城は標高583メートルの高取山山頂に築かれ、麓からの比高は350メートルを超える日本最大級の山城です。周囲約3キロメートル、城郭全域の面積は約6万平方メートルに及び、3重3階地下1階の連立式天守や多数の櫓が並ぶ姿は、山上の城とは思えない壮大なものでした。白漆喰塗籠の建物が山を覆う様子から「芙蓉城」の美称を持ち、明治6年(1873年)の廃城後は石垣のみが残されました。
【見どころ】
高取城は奈良県高取町の城下から土佐街道を経て登る道が整備され、二の門跡から本丸まで苔むした高石垣が連続する景観は圧巻で、「日本のマチュピチュ」と称されることもあります。本丸の天守台からは大和盆地や吉野の山々を一望できます。昭和28年(1953年)に国の史跡に指定され、日本100名城にも選定されています。麓の城下町には武家屋敷の長屋門が残り、西国三十三所の壺阪寺と併せて巡る人も多い名所です。
【トリビア】
高取城は「巽高取雪かと見れば、雪でござらぬ土佐の城」と歌われ、城下の土佐町から見上げた白漆喰の城壁が雪山のように輝いていたと伝わります。二の門外の大手筋には、明日香村から運ばれたとされる石像「猿石」が置かれており、飛鳥時代の遺物が城の守りに使われたという不思議な景観が見られます。城下では毎年秋に「たかとり城まつり」が開かれ、時代行列で往時の賑わいを再現しています。




