【概要】
高遠城は、長野県伊那市の河岸段丘の上に築かれた平山城で、別名を兜山城といいます。高遠氏の居城を起源とし、1547年に武田晴信(信玄)が攻め取った後、山本勘助と秋山虎繁に大改修させたと伝わります。石垣をほとんど用いない土造りの曲輪と深い空堀が戦国期の姿をよく残し、城址公園を埋めるおよそ1500本のタカトオコヒガンザクラは天下第一の桜と称されています。
【歴史】
高遠城は、信濃の国人である高遠氏の居城を起源とし、1547年に武田晴信(信玄)が攻め取った後、山本勘助と秋山虎繁に大改修させたと伝わります。これによって現在見られる城郭の原形が整えられ、武田氏による伊那谷支配の拠点となりました。1582年には織田信忠の大軍に対し、信玄の五男・仁科盛信がわずかな兵で籠城して激しく抵抗したものの落城します。江戸時代は保科氏、鳥居氏、内藤氏が城主を務めました。
【特徴】
長野県伊那市にある平山城で、別名を兜山城といいます。三峰川と藤沢川が合流する地点の河岸段丘の上に築かれており、深い谷と切り立った急崖を天然の防御として生かした立地が最大の特徴です。本丸を中心に二の丸・三の丸・南曲輪・法幢院曲輪が深い空堀で区切られて並び、石垣をほとんど用いない土造りの縄張りとして、戦国期の城の姿を今によく残しています。
【見どころ】
高遠城址公園にはおよそ1500本のタカトオコヒガンザクラが植えられ、ソメイヨシノより小ぶりで淡い紅色を帯びた花が城跡を埋め尽くします。この桜は「天下第一の桜」と称され、日本さくら名所100選にも選ばれた全国有数の花見の名所です。本丸と二の丸を結ぶ朱塗りの桜雲橋、移築された問屋門、太鼓櫓が満開の桜と重なる眺めは象徴的な光景です。
【トリビア】
高遠城の桜の始まりは、明治初期に城の建物が取り壊された際、旧藩士たちが城下の桜の馬場から苗木を城跡へ移植したことにあると伝わります。この桜はタカトオコヒガンザクラとして長野県の天然記念物に指定されています。城跡は1973年に国の史跡となり、日本百名城では第30番に数えられます。城下には大奥女中・絵島が幽閉された屋敷も復元されています。
