【概要】
諏訪湖畔に築かれた城で、かつては湖水が城際まで迫り、湖上に浮いているように見えたことから「諏訪の浮城」と呼ばれました。現在の天守は昭和45年に復興されたものですが、石垣や堀は当時の面影を残しています。続日本100名城の一つです。
【歴史】
高島城は、豊臣秀吉の家臣・日根野高吉が文禄元年(1592年)から慶長3年(1598年)にかけて、諏訪湖畔の高島村に築いた城です。それまで諏訪を治めていた諏訪氏は一時この地を離れましたが、慶長6年(1601年)に諏訪頼水が復帰し、以後は明治維新まで諏訪氏10代の居城となりました。長野県諏訪市にある諏訪藩3万石の政庁として、城下町の中心を担った城です。
【特徴】
築城当時は諏訪湖の水が城際まで迫り、周囲を湖と湿地に囲まれていたため、まるで湖上に浮かんでいるように見えたことから「諏訪の浮城」と呼ばれました。天然の水濠が難攻不落を支えた一方、江戸時代を通じて干拓が進み、現在は湖岸が城から遠く離れ、往時の姿は想像するほかありません。天守は三重で、寒冷地ゆえ瓦が凍って割れるのを避け、板葺きの屋根を用いていたと伝わる点も特徴的です。
【見どころ】
天守は明治8年に取り壊されましたが、昭和45年(1970年)に天守と櫓、門などが復興され、内部は諏訪の歴史や城の資料を展示する資料室になっています。最上階の展望室からは諏訪湖と市街、八ヶ岳や北アルプスに連なる山並みを見渡せます。城跡一帯は高島公園として開放され、桜や藤、カエデが季節ごとに彩りを添え、冬には湖面の氷が盛り上がる御神渡りの便りが届くこともあります。
【トリビア】
「諏訪の殿様よい城持ちゃる うしろ松山 前は海」と地元の唄に詠まれたように、高島城は湖を前にした水城として人々に誇られてきました。石垣は諏訪湖畔で採れた石を大きく加工せずに積み上げたもので、築城当時の技術をそのまま今に伝えています。城下には諏訪大社の上社と下社が控え、続日本100名城に選ばれた高島城とあわせて歩けば、諏訪の歴史を一日でたどることができます。




