【概要】
群馬県高崎市にある奈良時代初期の石碑です。多胡郡という新しい行政区画が設置されたことを記念する内容が美麗な書体で刻まれており、歴史的資料としての価値だけでなく「書道の手本」として海を越えて高く評価される国際的な名碑です。
【歴史】
多胡碑は奈良時代初期の和銅4年(711年)に、上野国(現在の群馬県)に新しく「多胡郡」という郡が設置されたことを記念して建立された石碑です。朝廷から派遣された立派な官僚たちによって公式に設置が命じられたことが刻まれており、当時の律令国家による大規模な地方行政区画の再編という、歴史の非常に大きな転換点を現代に証明する貴重な物証となっています。
【特徴】
高さ約1.3メートルの四角柱の形をしたどっしりとした自然石が使われており、その上には笠石と呼ばれる屋根のような丸みを帯びた平たい石が乗せられています。使用されている石材は地元の牛伏砂岩という比較的加工しやすい石で、丸みを帯びた非常に美しく力強い「六朝(りくちょう)風」と呼ばれる書体で約80文字の文字が深く鮮明に刻み込まれているのが大きな特徴です。
【見どころ】
単に歴史資料としてだけでなく、古くからその素晴らしい「書体」そのものが高く評価されており、書道の世界では最高のお手本として愛されてきました。多胡碑記念館が隣接して建てられており、古代の群馬が渡来人文化の窓口としてどれほど栄えていたかを学ぶことができます。歴史的背景と見事な書の芸術性をあわせて鑑賞することで、深い感動を呼び起こしてくれます。
【トリビア】
日本国内にとどまらず、実は国境を越えて朝鮮半島や中国の著名な書道家たちからも極めて高く評価されている国際的な石碑です。特に中国の清の時代には「多胡碑の拓本」が海を渡って広まり、多くの著名な文人墨客たちから「宇宙の間にあるべき絶品の書である」とまで大絶賛されたという、日本の地方にある石碑としては異例とも言えるグローバルで壮大なエピソードを持っています。




