【概要】
相国寺は、京都府京都市にある臨済宗相国寺派の大本山で、京都五山の第二位に列せられる禅寺です。永徳二年(1382年)に足利義満が造営を発願し、十年の歳月をかけて明徳三年(1392年)に完成しました。慶長十年(1605年)に再建された法堂は現存最古の法堂とされ、天井には狩野光信が描いた蟠龍図が広がります。金閣寺と銀閣寺を山外塔頭に持つ寺でもあります。
【歴史】
永徳二年(1382年)九月、足利義満は自邸の花の御所に隣り合う地へ大伽藍を建てることを決め、夢窓疎石を開山に迎えて相国寺の造営を始めました。実際の指揮は夢窓疎石の法嗣である春屋妙葩が担い、十年の歳月を費やして明徳三年(1392年)に寺は完成します。応永六年(1399年)には高さ三百六十尺、約百九メートルにおよぶ七重大塔がそびえました。
【特徴】
正式には萬年山相国承天禅寺と号します。相国とは国を助け治めるという意味で、創建のころの義満が左大臣の位にあり、左大臣の唐名が相国であったことに由来します。中国の開封にあった大相国寺の寺号にちなむともいわれます。応永八年(1401年)には義満の意向で一時は第一位に上りましたが、義満の没後、応永十七年(1410年)に第二位へ戻されました。
【見どころ】
法堂は慶長十年(1605年)に豊臣秀頼の寄進で五度目の再建を果たした建物で、重要文化財に指定され、桃山時代の禅宗様建築の姿を伝えます。天井の蟠龍図は狩野光信の筆で、堂内の決まった位置で手を打つと音が響き返すため鳴き龍と呼ばれます。境内の承天閣美術館では相国寺と金閣寺、銀閣寺の宝物が公開されています。
【トリビア】
明和二年(1765年)、伊藤若冲は父母と弟の菩提を弔うため相国寺へ釈迦三尊像と動植綵絵を寄進しました。明治の廃仏毀釈で寺が苦境に陥ると、明治二十二年(1889年)に動植綵絵を宮内省へ献納し、その下賜金で危機を脱したと伝わります。鹿苑寺すなわち金閣寺と、慈照寺すなわち銀閣寺は、どちらも相国寺の山外塔頭にあたります。




