新発田城

(しばたじょう)
📍 中部新潟県 新発田市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

新発田城は、新潟県新発田市にある加治川の流れを引き込んだ平城で、菖蒲城の別名を持ちます。慶長3年(1598年)に入封した溝口秀勝が普請を始め、承応3年(1654年)に完成し、溝口家十二代の藩庁となりました。国の重要文化財の本丸表門と旧二の丸隅櫓が現存し、2004年には三つの鯱を上げた三階櫓と辰巳櫓が復元されましたが、三階櫓は自衛隊駐屯地内のため外観のみの見学です。

【歴史】

新発田城の始まりは鎌倉時代初期、この地を治めた新発田氏の居館にさかのぼると伝わります。戦国末期には新発田重家が上杉景勝に反旗を翻して敗れ、城は一度落城しました。慶長3年(1598年)に六万石で入封した溝口秀勝が旧城跡を取り込んで縄張りを改め、慶長7年(1602年)から本格的な普請に着手します。完成をみたのは三代宣直の承応3年(1654年)で、以後明治まで溝口家十二代の藩庁として続きました。

【特徴】

新発田城は加治川の流れを巧みに引き込んだ平城で、水に浮かぶような姿から菖蒲城の別名で呼ばれました。櫓や門の外壁には瓦を並べて漆喰で目地を盛り上げた海鼠壁が用いられ、日本海側の多い雪と潮風から建物を守る工夫となっています。実質的な天守にあたる三階櫓は丁字形の屋根を持ち、その三方の棟に鯱を三匹上げる全国で唯一の意匠で、藩の格式と職人の技を今に伝えています。

【見どころ】

見学の中心は国の重要文化財に指定された本丸表門と旧二の丸隅櫓で、江戸期の姿をそのまま残す城郭建築は新潟県内の城跡ではここだけです。平成16年(2004年)には三階櫓と辰巳櫓が古絵図をもとに忠実に復元され、往時の景観がよみがえりました。ただし三階櫓は陸上自衛隊の駐屯地内にあるため、見学は外観のみとなります。城址公園は春から秋にかけての開放で、冬季は閉鎖されます。

【トリビア】

表門の前に立つ武者姿の銅像は、赤穂義士として名高い堀部安兵衛のもので、安兵衛は新発田藩士の子として生まれた新潟県新発田市ゆかりの人物です。城跡の大半が今も自衛隊の敷地であることから、往時の本丸御殿跡や大部分の曲輪には立ち入れません。それでも新発田城は日本百名城の三十一番に選ばれ、復元された櫓群と現存する城郭建築がそろう北国の名城として、全国から登城者を集めています。

📅 最終更新: 2026/9/25
新発田城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です