【概要】
様似等澍院は北海道様似町にある天台宗の寺院で、蝦夷三官寺のうち日高地方を受け持った一寺です。文化元年(1804年)に幕府が建立を決め、文化3年(1806年)に潮見台の高台へ堂が建てられました。檀家を持たず幕府の扶持で支えられ、明治にいったん廃寺となりながら地元の力で再興されています。江戸期の文書や念珠箱は国の重要文化財です。
【歴史】
等澍院は、文化元年(1804年)に江戸幕府が蝦夷地の統治とアイヌの人々への教化を目的として建立を決めた蝦夷三官寺の一つで、実際に堂が整ったのは文化3年(1806年)のことでした。院号には仏の法をひとしく澍(うるお)すという願いが込められています。幕府から年に米百俵ほどの扶持を受け、日高に暮らす人々と向き合う寺として歩み始めました。
【特徴】
正式には帰嚮山厚澤寺等澍院と号する天台宗の寺院で、北海道様似町にある潮見台の高台に境内を構えています。檀家を持たない官寺だったため、明治維新で幕府の保護を失うと寺勢は急速に衰え、明治18年(1885年)にはいったん廃寺となりました。その後は地元の人々の尽力によって明治32年(1899年)に再興され、日高の古刹として今日まで法灯を保っています。
【見どころ】
たび重なる移転と改築のため建立当時の建物はほとんど残っていませんが、境内の西側に建つ護摩堂は修復を重ねながら江戸期の面影を伝える建物として知られています。本堂には鎌倉時代の作と推定される聖観世音菩薩像や、江戸後期と見られる薬師如来三尊仏像がまつられ、いずれも町の指定文化財です。高台からは町並みと海が見渡せます。
【トリビア】
様似等澍院に伝わった江戸時代の文書・記録類15点と百万遍念珠箱1点は、蝦夷三官寺等澍院関係資料の名称で国の重要文化財に指定され、様似町郷土館に寄託されています。寺のある町はかんらん岩の山と高山植物で知られるアポイ岳ジオパークの地でもあり、山や花を目当てに訪れた人が、あわせて等澍院へ足をのばす先にもなっています。




