蝦夷三官寺は、江戸幕府が文化元年(1804年)に蝦夷地へ建立を命じた三つの寺、伊達市の有珠善光寺、様似町の様似等澍院、厚岸町の厚岸国泰寺の総称です。ロシアの南下に備える北方警備を背景に、蝦夷地で亡くなった和人を弔い、アイヌの人々へ仏教を広める拠点として置かれました。幕府から米などの扶持を受けたことから官寺と呼ばれ、三寺に伝わる江戸期の文書はいずれも国の重要文化財に指定されています。
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A.ロシアの南下に備える北方警備を背景に、江戸幕府が文化元年(1804年)に蝦夷地へ建立を命じました。蝦夷地で亡くなった和人を弔い、アイヌの人々へ仏教を広める拠点として置かれています。幕府から米などの扶持を受けたことから官寺と呼ばれます。
A.三寺の宗派はそれぞれ異なります。有珠善光寺は浄土宗、様似等澍院は天台宗、厚岸国泰寺は臨済宗南禅寺派の寺院です。受け持った地域も分かれており、有珠善光寺は西側の蝦夷地、様似等澍院は日高地方、厚岸国泰寺は東蝦夷地の東端を担いました。
A.三寺に伝わる江戸期の文書は、いずれも国の重要文化財に指定されています。また有珠善光寺の境内一帯は昭和49年(1974年)に「善光寺跡」として、厚岸国泰寺の境内と背後の一帯は昭和48年(1973年)に国の史跡に指定されました。蝦夷三官寺は2018年に北海道遺産にも選ばれています。
A.有珠善光寺と厚岸国泰寺は桜で知られます。有珠善光寺の裏山の有珠善光寺自然公園では、千本を超える桜が種類ごとに時期をずらして咲き継ぎます。厚岸国泰寺では天保元年(1830年)に移し植えられたと伝わるエゾヤマザクラの老桜が、五月なかばから下旬にかけて花を咲かせます。
A.三寺はいずれも北海道にありますが、互いに大きく離れています。直線距離で伊達市の有珠善光寺と様似町の様似等澍院は約180km、様似等澍院と厚岸町の厚岸国泰寺は約190km、有珠善光寺と厚岸国泰寺は約340km離れています。