【概要】
佐倉城は千葉県佐倉市にある連郭式の平山城です。天文年間に千葉親胤の命で築城が始まったものの中断し、1611年に土井利勝が普請を再開して約6年で完成させ、老中を務める譜代大名が城主となりました。石垣をまったく用いず、深い空堀と土塁で守った土造りの城です。明治以降の兵営建設で建物の多くが失われましたが、本丸跡や天守跡、土塁、馬出し空堀が城址公園に残っています。
【歴史】
天文年間(1532年〜1555年)に千葉親胤が鹿島親幹に命じて築城を始めましたが、工事は途中で中断しました。慶長16年(1611年)、徳川家康の命を受けた土井利勝が普請を再開し、およそ6年をかけて近世城郭としての佐倉城を完成させます。以後は江戸の東方を守る要として重視され、堀田正睦ら老中を務める譜代大名が城主となりました。
【特徴】
千葉県佐倉市にある連郭式の平山城で、干拓前の印旛沼へ突き出した台地の地形を巧みに利用しています。最大の特徴は石垣をまったく用いていないことで、代わりに薬研状の深い空堀と土塁を幾重にも巡らせて守りを固めました。理詰めに構成された縄張りは、土造りの近世城郭の典型として高く評価されています。城の東側には水堀と沼が広がり、天然の要害と人工の防御が組み合わされていました。
【見どころ】
本丸跡や天守跡、二の門跡に残る巨大な土塁など、佐倉城の遺構は城址公園として良好に保存されています。とりわけ長辺約121メートル、深さ約5.6メートルに及ぶコの字型の馬出し空堀は圧巻の一言です。椎木曲輪跡には国立歴史民俗博物館が建ち、日本の歴史を通覧できる大規模な展示を楽しめます。園内には姥ヶ池や菖蒲田もあり、四季折々の草花を眺めながら遺構を巡ることができます。
【トリビア】
明治以降、佐倉城跡には陸軍の連隊が置かれ、兵営の建設によって城の建物や地形の多くが失われました。園内には今も弾薬庫跡や訓練用の井戸などが残り、城郭と近代軍事史が重なる珍しい場所となっています。本丸跡にそびえる夫婦モッコクは樹齢400年を超えるといわれ、築城以来の生き証人と伝わります。幕末には老中を務めた堀田正睦が藩主となり、蘭学を奨励して佐倉を学問の地としました。
