佐賀城

(さがじょう)
📍 佐賀県 佐賀市📦 その他📦

【概要】

佐賀県佐賀市にあった城。1602年(慶長7年)、鍋島直茂・勝茂が築城。佐賀藩鍋島氏11代の居城であった。龍造寺隆信の居城村中城を拡張して築城された。本丸表門の鯱の門が有名。日本100名城(89番)の一つ。古名は佐嘉城。別名、沈み城、亀甲城。明治七年(1874)に起こった士族の乱「佐賀戦争(佐賀の乱)」では、激戦の舞台となり、鯱の門の扉には弾痕が残る。 。この城郭は、日本の歴史において重要な役割を果たしてきました。その堅固な守りと戦略的な立地は、当時の武将たちの知恵と力を今の世に伝えています。訪れる人々は、石垣や堀、復元された建物を通じて、かつての時代の息吹を肌で感じることができるでしょう。

【歴史】

佐賀城は、戦国大名龍造寺氏の居城であった村中城を前身としています。1602年(慶長7年)に鍋島直茂が本丸の改修に着手し、次代の勝茂が1611年(慶長16年)に完成させました。以後は佐賀藩鍋島氏11代の居城として明治維新を迎えます。1726年(享保11年)の大火で天守や本丸などを焼失しましたが、本丸は再建されず、以降は二の丸が藩政の中心を担うことになりました。

【特徴】

佐賀県佐賀市にある佐賀城は、平野の低湿地に築かれた平城で、幅の広い水堀と土塁が幾重にも巡らされ、天然の要害に乏しい地形を水の守りで補っていました。創建時の天守は層塔型四重五階で、高さは約38メートルに達したと伝わります。有事には外堀の水を利用して周囲を水没させられたとも、遠くから眺めると樹木に遮られて城が沈み込んで見えたともいわれ、古くから沈み城の別名で呼ばれてきました。

【見どころ】

現存する鯱の門と続櫓は、1838年(天保9年)の本丸再建に合わせて建てられたもので、国の重要文化財に指定されています。門の扉には1874年(明治7年)に起きた佐賀の乱で受けた弾痕が今も残り、激戦の跡を生々しく伝えています。本丸御殿の一部を忠実に復元した佐賀城本丸歴史館では、幕末の名君と称された10代藩主鍋島直正の事績を学ぶことができます。

【トリビア】

佐賀城は日本百名城の第89番に選定されています。古くは佐嘉城とも記され、亀甲城という別名も伝わっています。本丸歴史館は木造復元建築としては国内最大級の規模を誇り、畳敷きの広大な大広間がよみがえっています。入館料を来館者の志に委ねる募金制をとっている点も珍しいところです。城跡の堀端には楠の巨木が並び、水面に枝を垂らす静かな景観が、往時の城下町の風情を今に伝えています。

📅 最終更新: 2026/9/7
佐賀城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です