佐賀城

(さがじょう)
📍 九州佐賀県 佐賀市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

佐賀城は佐賀県佐賀市の低湿地に築かれた平城で、沈み城の別名で呼ばれてきました。龍造寺氏の村中城を前身とし、鍋島直茂が1602年に改修に着手して勝茂が1611年に完成させ、鍋島氏11代の居城となりました。天守は1726年の大火で焼失しています。1838年に建てられた鯱の門と続櫓が現存して国の重要文化財となっており、本丸御殿の一部は佐賀城本丸歴史館として復元されています。

【歴史】

佐賀城は、戦国大名龍造寺氏の居城であった村中城を前身としています。1602年(慶長7年)に鍋島直茂が本丸の改修に着手し、次代の勝茂が1611年(慶長16年)に完成させました。以後は鍋島氏11代の居城となります。1726年(享保11年)の大火で天守や本丸を焼失すると、藩政の中心は二の丸へ移りました。1835年に二の丸が焼けると本丸が再建され1838年に完成しましたが、天守は再建されていません。

【特徴】

佐賀県佐賀市にある佐賀城は、平野の低湿地に築かれた平城で、幅の広い水堀と土塁が幾重にも巡らされ、天然の要害に乏しい地形を水の守りで補っていました。創建時の天守は層塔型四重五階で、高さは約38メートルに達したと伝わります。有事には外堀の水を利用して周囲を水没させられたとも、遠くから眺めると樹木に遮られて城が沈み込んで見えたともいわれ、古くから沈み城の別名で呼ばれてきました。

【見どころ】

現存する鯱の門と続櫓は、1838年(天保9年)の本丸再建に合わせて建てられたもので、国の重要文化財に指定されています。門の扉には1874年(明治7年)に起きた佐賀の乱で受けた弾痕が今も残り、激戦の跡を生々しく伝えています。本丸御殿の一部を忠実に復元した佐賀城本丸歴史館では、幕末の名君と称された10代藩主鍋島直正の事績を学ぶことができます。

【トリビア】

佐賀城は日本百名城の第89番に選定されています。古くは佐嘉城とも記され、亀甲城という別名も伝わっています。本丸歴史館は木造復元建築としては国内最大級の規模を誇り、畳敷きの広大な大広間がよみがえっています。入館料を来館者の志に委ねる募金制をとっている点も珍しいところです。城跡の堀端には楠の巨木が並び、水面に枝を垂らす静かな景観が、往時の城下町の風情を今に伝えています。

📅 最終更新: 2026/9/25
佐賀城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です