【概要】
先斗町は京都市中京区の鴨川と木屋町通の間を南北に延びる、長さおよそ500メートルの細い石畳の通りに開けた花街です。寛文10年(1670年)に鴨川の州を埋め立ててできた土地で、通りの東側の店は夏になると鴨川へ納涼床を張り出します。明治5年に始まった鴨川をどりは五花街で最も上演回数が多いことで知られ、紋章は舞い飛ぶ千鳥です。
【歴史】
先斗町は、寛文10年(1670年)に鴨川と高瀬川の護岸工事で州が埋め立てられて生まれた土地で、はじめは新河原町通と呼ばれていました。正徳2年(1712年)ごろに水茶屋が設けられ、高瀬舟の船頭や旅人を相手にした旅籠が茶立女を置いたといわれます。安政6年(1859年)に芸者稼業の公許が下りて花街として栄え、明治5年(1872年)には鴨川をどりが初演されました。
【特徴】
先斗町の紋章の千鳥は、明治5年に鴨川をどりが初めて開かれたときに考案されたもので、通りの店先には千鳥を描いた提灯が掲げられています。鴨川をどりは昭和26年(1951年)から平成10年(1998年)まで春と秋の年2回上演され、五花街で最も多い公演回数を重ねました。総踊りの都をどりに対し、舞踊劇と舞妓らの舞踊ショーの二部で構成されるのが特色で、舞は尾上流です。
【見どころ】
先斗町通の北の端寄りに建つ先斗町歌舞練場は、大正14年(1925年)に着工し昭和2年(1927年)に完成した鉄筋コンクリートの劇場です。大阪松竹座も手がけた大林組の木村得三郎の設計で、屋根には中国の舞楽面をかたどった鬼瓦が守り神として据えられ、鴨川に大きな姿を映しています。例年5月に鴨川をどりの舞台となり、通りでは2021年に無電柱化も完了しました。
【トリビア】
先斗町という変わった名の由来には諸説あります。ポルトガル語で先を意味するポンタや、橋のポンテ、点のポントから来たという説のほか、鴨川と高瀬川の二つの川、つまり皮にはさまれた堤を鼓に見立て、ポンと鳴るともじったという説も伝わります。大正4年(1915年)の『京都坊目誌』には、初めは東側にしか家がなく先ばかりだったことから先斗町と呼ばれたと記されています。
