【概要】
宮川町は京都市東山区の鴨川の東岸、四条通から五条通へ南北に延びる宮川町通沿いに広がる花街です。名は祇園祭の神輿洗いが行われる四条大橋の下流の鴨川を宮川と呼んだことに由来するとされ、出雲阿国の歌舞伎踊りが流行った頃に芝居小屋と茶屋の町として始まりました。春の京おどりで知られ、舞は若柳流です。紋章は三つの輪をつないだ三つ輪です。
【歴史】
宮川町のあたりは、もとは広い鴨川の河原でした。16世紀の後半に豊臣秀吉が方広寺や伏見城を築くと大和大路の往来が増え、江戸時代初めの慶長年間には四条河原で生まれた歌舞伎踊りとともに芝居小屋や茶屋が並びました。寛文6年(1666年)に宮川町通が開かれ、寛文10年(1670年)に鴨川の護岸の石積みが完成して、今に続く町並みが整ったとされています。
【特徴】
宮川町の紋章の三つ輪は、寺社と町屋と花街の結びつきを表すとされています。舞の流派は明治より前は篠塚流、その後は楳茂都流が長く続き、現在は若柳流が主流です。春の京おどりは昭和25年(1950年)に初演され、阪急京都線を河原町まで延ばす工事が行われた1954年から1968年までは南座で上演されました。秋には芸妓の発表会であるみずゑ會が開かれています。
【見どころ】
宮川町歌舞練場は、明治29年(1896年)に女紅場の教場を改築して建てられたのが始まりで、大正5年(1916年)の新築、昭和45年(1970年)の大改築を経て親しまれてきました。老朽化に伴う工事を経て2025年に新装開場し、入口には大正期の建物にあった唐破風の屋根が復元されています。2026年の春には三ツ輪座と名付けられた新しい舞台に、歌舞練場での上演としては5年ぶりに京おどりが戻りました。
【トリビア】
宮川町は鴨川の東の岸辺に沿っているため、昭和10年(1935年)6月の京都大水害では周りの歓楽街とともに階下が水に浸かる被害を受けました。1999年には町並みの一部が祇園町南歴史的景観保全修景地区に指定され、格子の家並みを守る取り組みが続いています。2006年には、歌舞練場の改築工事で途絶えていた芸妓の発表会のみずゑ会が、31年ぶりに復活しました。
