【概要】
石田三成による水攻めに耐え抜いた「浮き城」。豊臣秀吉の小田原征伐に伴い攻撃を受けましたが、利根川や荒川の水を利用した大規模な水攻めにも関わらず落城しませんでした。映画「のぼうの城」の舞台としても有名で、関東七名城の一つにも数えられます。
【歴史】
天正十八年(1590年)、豊臣秀吉の小田原征伐に際し、関東に残る北条方の支城として攻撃を受けたのが忍城です。城主・成田氏長は本城の小田原城に詰めており、城には城代の成田長親を中心にわずかな将兵と領民が立てこもりました。攻め手の大将となった石田三成は、備中高松城の先例にならって周囲に長大な堤を築き、荒川や利根川の水を引き込む水攻めを行ったと伝えられています。
【特徴】
忍城は沼と深田に囲まれた低湿地に築かれた城で、いくつもの曲輪を土橋や堤でつなぐ独特の縄張りを持っていました。水に浮かぶように見えることから忍の浮き城と呼ばれ、関東七名城の一つにも数えられます。水攻めを受けても城は沈まず、増水で堤が決壊して寄せ手の側に被害が出たとも伝えられ、結局は小田原城が開城するまで持ちこたえた、戦国屈指の粘りを見せた城となりました。
【見どころ】
埼玉県行田市にある城跡は忍城址公園として整えられ、昭和六十三年(1988年)に再建された御三階櫓が水堀越しにそびえます。櫓の内部は行田市郷土博物館となっており、忍城の歴史や、かつて日本一の生産量を誇った足袋産業の資料を見ることができます。周辺には水攻めの堤の名残と伝わる石田堤の史跡も点在し、あわせて歩けば合戦の大きさが実感できます。春には桜の名所としてもにぎわいます。
【トリビア】
城代の成田長親は領民から「のぼう様」と親しまれたと伝わり、小説と映画『のぼうの城』によって広く知られるようになりました。籠城戦では城主の娘・甲斐姫が自ら武具をまとって奮戦したとも語られ、のちに秀吉に召し出されたとされています。なお三成が水攻めを自ら望んだかどうかについては諸説あり、秀吉の指示によるものとする見方も近年は有力になっています。




