鬼丸国綱

(おにまるくにつな)
📍 関東東京都 千代田区🏯 歴史🎭 文化

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【概要】

鬼丸国綱は、鎌倉時代に京の粟田口派の刀工国綱が打った太刀です。鎌倉幕府の執権北条時頼を夢で苦しめた小鬼を、この刀がひとりでに倒れて退けたと伝わり、鬼丸の名が付きました。北条氏から新田義貞、足利将軍家、豊臣秀吉、徳川家へと渡ったのち皇室の御物となり、いまは東京都千代田区の皇居にある宮内庁が大切に管理しています。

【歴史】

鬼丸国綱を打った国綱は、京の粟田口に住んだ刀工一門の一人で、鎌倉幕府に招かれて相模国でも刀を打ったと伝わります。鬼丸は北条氏に伝わったのち、幕府を滅ぼした新田義貞の手に渡り、やがて足利将軍家の重宝となりました。豊臣秀吉の時代からは刀剣の目利きで知られた本阿弥家に預けられ、1881年に宮内省へ納められて皇室の御物となりました。

【特徴】

鬼丸国綱は、身幅が広く、切っ先がやや詰まった堂々とした太刀で、鎌倉時代の中ごろの力強い姿を示しています。地鉄は粟田口派らしく細かくよく詰んでいます。皇室の私有の品である御物は文化財保護法の指定の対象にならないため、天下五剣のうち鬼丸だけは国宝や重要文化財に指定されていませんが、その評価は国宝の名刀と並ぶものとされています。

【見どころ】

東京都千代田区にある皇居は、江戸城の跡に営まれ、深い堀と高い石垣、白壁の櫓が都心に広大な緑を残しています。皇居前広場から眺める正門石橋と、その奥にかかる正門鉄橋、背後の伏見櫓が重なる景色は東京を代表する眺めです。鬼丸国綱は宮内庁が大切に保管しており、一般に公開される機会はごく限られているため、展示の知らせがあると大きな話題になります。

【トリビア】

鬼丸の名の由来には、こんな話が伝わります。北条時頼が夜ごと夢に現れる小鬼に悩まされていたところ、夢に老人の姿で刀の精が現れ、錆を落としてくれれば鬼を退治すると告げました。言われたとおりに手入れをさせると、立てかけてあった太刀がひとりでに倒れ、火鉢の台に飾られた銀の鬼の首を斬り落とし、それきり時頼の病は癒えたといいます。

📅 最終更新: 2026/10/25
鬼丸国綱
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です