数珠丸恒次

(じゅずまるつねつぐ)
📍 近畿兵庫県 尼崎市🏯 歴史🎭 文化

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【概要】

数珠丸恒次は、鎌倉時代に備中国の青江派の刀工恒次が打った太刀です。日蓮聖人が身延山に入る際に信者から贈られ、柄に数珠を掛けて破邪顕正の守り刀にしたと伝わり、数珠丸と呼ばれるようになりました。いまは重要文化財として、兵庫県尼崎市にある法華宗本門流の大本山、本興寺に所蔵され、寺宝として大切に守られています。

【歴史】

数珠丸恒次を打った恒次は、備中国の青江、いまの岡山県南部、高梁川の下流のあたりで活動した青江派の刀工です。この太刀は日蓮聖人の護り刀として身延山久遠寺に伝わったとされますが、のちに寺を離れ、長く行方が分からなくなっていました。近代になって見いだされ、日蓮聖人ゆかりの刀として本興寺に納められたと伝わり、重要文化財に指定されています。

【特徴】

数珠丸恒次は、長く伸びやかな太刀で、細身ながら反りが深く、鎌倉時代の前期の太刀らしい優雅な姿を見せています。青江派の刀は、地鉄に縮緬肌と呼ばれる細かく波打つような肌合いが現れるのが特徴とされ、刃文は直刃を基調とした落ち着いた作です。天下五剣のなかで唯一、寺に伝わる刀であることも数珠丸ならではの点です。

【見どころ】

兵庫県尼崎市にある本興寺は、室町時代の1420年に日隆上人が開いた寺で、尼崎城下の寺町に広い境内を構えています。古い姿を残す開山堂や三光堂などが国の重要文化財に指定され、法華宗の大本山の風格を伝えています。数珠丸恒次は寺宝として大切に保管されており、例年秋の虫干しの行事などに合わせて公開されることがありますが、時期は変わることがあります。

【トリビア】

数珠丸の名は、日蓮聖人がこの太刀の柄に数珠を掛け、人を傷つけるためではなく、邪を破り正しい教えを示すための刀としたという言い伝えに由来します。刀剣としての名と仏教の祈りが結びついた珍しい例で、刀を拝むように見学する人も少なくありません。阪神尼崎駅から歩いて行ける寺町には、本興寺のほかにも古い寺々が集まり、静かな町並みが残っています。

📅 最終更新: 2026/10/25
数珠丸恒次
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です