【概要】
京都市中京区二条通堀川西入二条城町にある城。1603年(慶長8年)、徳川家康が上洛時の宿舎として築城。幕末最後の将軍となった第15代徳川慶喜が、二の丸御殿大広間一の間で諸大名を集めて大政奉還を発布したことで有名。日本100名城(53番)の一つ。この城郭は、日本の歴史において重要な役割を果たしてきました。その堅固な守りと戦略的な立地は、当時の武将たちの知恵と力を今の世に伝えています。訪れる人々は、石垣や堀、復元された建物を通じて、かつての時代の息吹を肌で感じることができるでしょう。
【歴史】
二条城は1603年(慶長8年)、徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛時の宿館とするため、京都府京都市中京区に築いた城です。三代将軍家光の時代には後水尾天皇の行幸を迎えるにあたって大規模に拡張され、伏見城の遺構も移されました。そして1867年(慶応3年)、十五代将軍徳川慶喜が二の丸御殿に諸大名を集めて大政奉還の意思を表明し、江戸幕府の始まりと終わりを見届けた城となりました。
【特徴】
二条城の特徴は、戦うための構えよりも格式と威厳を重んじた御殿建築にあります。国宝に指定された二の丸御殿は六棟が雁行状に連なり、部屋数は33、畳の数はおよそ800畳に及びます。障壁画は狩野派の絵師たちが手がけ、将軍と大名の身分差を部屋の配置や意匠そのもので表現しています。1994年には「古都京都の文化財」の構成資産としてユネスコの世界文化遺産に登録されました。
【見どころ】
見どころは、桃山文化の粋を集めた唐門と二の丸御殿の内部です。極彩色の彫刻で飾られた唐門をくぐると、歩くたびに音の鳴る鶯張りの廊下が来訪者を迎え、大広間では大政奉還の場面が人形で再現されています。小堀遠州の作と伝わる二の丸庭園や、石垣だけが残り城内を見渡せる天守台、梅林と桜並木が続く広い園内など、季節ごとに異なる表情を楽しめるのも魅力です。
【トリビア】
二条城の天守は1750年(寛延3年)に落雷で焼失し、本丸御殿も1788年(天明8年)の大火で失われました。現在の本丸御殿は、明治期に京都御苑内にあった旧桂宮御殿を移築したもので、長い保存修理を終えて2024年に18年ぶりの一般公開が再開されました。城は1939年に皇室から京都市へ下賜された経緯があり、正式には元離宮二条城と呼ばれています。城内全体が国の史跡に指定されています。




