【概要】
栃木県大田原市にある笠石(かさいし)とも呼ばれる石碑で、日本三古碑の中で最も古い飛鳥時代末期~奈良時代のものです。水戸黄門こと徳川光圀が保護したことでも知られ、古代の地方行政の実態を知る決定的な国宝です。
【歴史】
飛鳥時代から奈良時代へ移り変わる直前の西暦700年頃に建立されたと考えられており、数ある日本三古碑の中でも最古のものとされる極めて重要な石碑です。那須国(現在の栃木県北東部)を治めていた有力な豪族である那須直韋提(なすのあたいいで)というトップの生前の素晴らしい功績を讃え偲ぶために、その息子たちが中心となって心を込めて建てたとされる、古代の家族の絆も感じる記念碑です。
【特徴】
花崗岩を美しく加工して作られた高さ約1.2メートルの長方形の石碑の上に、笠石(かさいし)と呼ばれる大きな帽子のような石がポツンと乗せられているユーモラスで独特な形状をしています。そのため地元の人々からは長年にわたり親しみを込めて「笠石」と呼ばれてきました。文字は中国の六朝時代の書体の力強い影響を強く受けた、非常に分厚く格調高い文字が刻まれています。
【見どころ】
見事国宝に指定されているこの石碑は、水戸黄門として名高い徳川光圀がこの地を訪れた際に、倒れて無惨に泥に埋もれていたものをわざわざお堂を建てて立派に保護したという最高に有名なエピソードがあります。光圀公が心を込めて建てた由緒ある堂宇や、周囲を取り囲む荘厳で静寂に包まれた笠石神社の神秘的な雰囲気とともに、水戸藩主の深い歴史愛に思いを馳せることができます。
【トリビア】
石碑に刻まれた文字を詳細に解読したことで、日本の歴史上の非常に大きな発見がありました。それは、この地域を治めていた地方豪族に対して、中央の朝廷から「評督(こおりのかみ)」という重要な役職が与えられていたという明らかな事実です。これは大宝律令が制定される以前の地方制度のリアルな実態を示す決定的な証拠であり、日本の歴史の教科書が書き換えられるレベルの超一級の歴史的発見だったのです。




