【概要】
京都を代表する禅寺・南禅寺の三門近くに立つ巨大な石灯籠。高さ約6メートルを誇り、「東洋一の大きさ」とも称されます。佐久間勝之が寛永6年(1629年)に奉納したもので、その威容は参拝者を圧倒します。
【歴史】
南禅寺の佐久間灯籠は、寛永5年(1628年)に信濃長沼藩主・佐久間勝之が寄進した巨大な石灯籠です。この年、藤堂高虎が大坂夏の陣で失われた一門の将兵を弔うために南禅寺の三門を再建しており、その落慶にあわせて奉納されたと伝わります。銘は南禅寺の住持で幕府の外交にも関わった以心崇伝が記したとされ、江戸時代初期における武家と禅寺の深い結びつきを物語る一基となっています。
【特徴】
高さは6メートルを超え、石灯籠としては東洋一の大きさとも称される規模を誇ります。京都府京都市にある南禅寺の三門をくぐった脇に据えられており、笠石も竿も並の灯籠とは桁違いで、大きく見上げなければ火袋が視界に入りません。それでいて台座から笠までの各部の均衡はよく保たれているため、巨大でありながら不格好にならず、石造美術としての完成度も高いと評されてきました。
【見どころ】
三門は歌舞伎『楼門五三桐』で石川五右衛門が「絶景かな」と見得を切る舞台として知られ、その堂々たる楼門の足元に佐久間灯籠が控えています。楼上に上れば洛東の市街を一望でき、境内には琵琶湖疏水の水路閣が赤煉瓦のアーチを見せ、和と洋が同居する独特の景観をつくり出しています。秋には紅葉が灯籠を包み、苔むした石肌と朱色の対比を写真に収めようとする人でにぎわいます。
【トリビア】
寄進した佐久間勝之は、賤ヶ岳の戦いで名を馳せた猛将・佐久間盛政の弟にあたり、柴田勝家の甥にあたる人物でもありました。武人でありながら茶の湯にも通じた文化人で、のちに熱田神宮と上野東照宮にも同じように巨大な灯籠を奉納しており、この三基が日本三大灯籠と呼ばれています。南禅寺の佐久間灯籠は、その最初の一基として四百年近くたった今も参拝者を圧倒し続けています。




