七尾城

(ななおじょう)
📍 中部石川県 七尾市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

七尾城は石川県七尾市の標高約三百メートルの尾根上に築かれた大規模な山城で、日本五大山城の一つに数えられます。1428年から1429年ごろに能登守護畠山氏の二代満慶が築いたと考えられ、畠山氏の本拠として増改築が重ねられましたが、1577年に上杉謙信の攻撃で落城しました。城跡は国の史跡で、桜馬場跡の五段の野面積み石垣や段状の曲輪が良好に残っています。

【歴史】

七尾城は室町時代の正長年間(1428年〜1429年)ごろ、能登守護畠山氏の二代満慶が築いたと考えられています。以後およそ百七十年にわたり畠山氏の本拠として増改築が重ねられ、尾根一帯へ曲輪を広げていきました。天正5年(1577年)、越後の上杉謙信が一年近くにわたって攻め寄せ、家臣遊佐続光の内応によってついに落城します。前田利家の時代には山を下りた小丸山城が築かれ、七尾城は役目を終えました。

【特徴】

七尾城は石動山系の北端、標高約三百メートルの尾根上に築かれた大規模な山城で、枝分かれする幾筋もの尾根にも砦を配して城域を広げていました。その堅固さから春日山城や小谷城と並ぶ日本五大山城の一つに数えられます。七つの尾根に城が広がったことが七尾の地名の由来とされ、山肌には野面積みの石垣や、本丸、二の丸、調度丸、桜馬場などの曲輪が段状に良好な状態で残されています。

【見どころ】

桜馬場跡に連なる五段の野面積み石垣は、山城でこれほどの規模の石垣が残る例が少ないだけに七尾城随一の見どころとされています。本丸跡からは七尾湾と能登島、晴れた日には立山連峰まで見晴らせ、謙信が景色に感嘆したという逸話も伝わります。麓の資料館や懐古館で予備知識を得てから登るとよいでしょう。本丸の近くまで車道が通じているため、体力や時間に応じて登り方を選べるのもうれしいところです。

【トリビア】

天正5年の七尾城攻めの陣中で、上杉謙信は「霜は軍営に満ちて秋気清し」で始まる漢詩「九月十三夜」を詠んだと伝わり、その一節は城跡の石碑に刻まれています。ただし謙信の真作かは疑問視もされています。城跡は昭和9年(1934年)に国の史跡へ指定され、日本百名城の三十四番にも名を連ねています。石川県七尾市にある城山一帯では近年も発掘調査が続けられ、新たな石垣や虎口の姿が少しずつ明らかになりつつあります。

📅 最終更新: 2026/9/25
七尾城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です