【概要】
長篠城は愛知県新城市にある戦国期の城跡で、寒狭川と宇連川が合流する断崖上に築かれています。1508年に菅沼元成が築いたとされ、1575年には奥平信昌が武田勝頼の大軍を相手に城を守り抜きました。石垣を持たない中世城郭の姿をよく残し、本丸を囲む土塁と空堀が今も残る国の史跡です。長篠城址史跡保存館で合戦の資料を見られます。
【歴史】
長篠城は愛知県新城市にある戦国期の城跡で、豊川の上流にあたる寒狭川と宇連川が合流する断崖上に築かれています。1508年(永正5年)に菅沼元成が築いたとされ、以後長篠菅沼氏の居城となりました。今川氏、武田氏、徳川氏が三河と遠江の境で争うなかで城主はたびたび入れ替わり、1573年(天正元年)に徳川家康が奪回して奥平信昌を城主に据えました。
【特徴】
二つの川に挟まれた要害の地形を生かした縄張で、南は断崖、北の平地側に本丸と土塁、深い空堀を設けて守りを固めていました。石垣を積む近世城郭とは異なり、土を掘り盛りして築いた中世城郭の姿をよく残しており、本丸を囲む土塁と堀は今も高さ数メートルの規模で残っています。長篠城跡は1929年(昭和4年)に国の史跡に指定されました。城跡の中央をJR飯田線が横切る点も珍しいところです。
【見どころ】
見学の中心となるのは長篠城址史跡保存館で、長篠の戦いに関する資料や鳥居強右衛門にまつわる品が展示されています。館の裏手に広がる本丸跡では、弧を描く土塁と空堀を歩いてたどることができ、当時の守りの厳しさを実感できます。城跡から少し足を延ばせば、設楽原の馬防柵が復元され、決戦の地の様子をしのばせてくれます。毎年五月には長篠合戦にちなむのぼりまつりが催されます。
【トリビア】
長篠城は日本百名城の46番に数えられます。1575年(天正3年)、五百人ほどで籠城する奥平信昌のもとへ武田勝頼の大軍が押し寄せた際、鳥居強右衛門は城を抜け出して岡崎まで走り、援軍を要請しました。帰路で捕らえられた強右衛門は、援軍は来ないと叫べば助けると迫られながら「援軍は近い」と告げ、磔にされたと伝わります。この報せに城兵は奮い立ち、城は落ちずに守り抜かれました。
