妙円寺詣り

(みょうえんじまいり)
📍 鹿児島県 日置市🏮 🏯 歴史

【概要】

鹿児島県日置市にある徳重神社を目指し、鹿児島の城下から約20キロの道を歩いて参拝する行事です。関ヶ原の戦いで敵中突破を敢行した島津義弘の苦難を偲ぶもので、廃寺となった妙円寺の跡地に建つ徳重神社が主会場となります。現在は多くの人が参加できるよう10月下旬の土曜と日曜ごろに行われ、境内では武道の奉納や鎧武者の行列が繰り広げられます。

【歴史】

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、島津義弘は西軍として戦い、敵に囲まれながら正面を突き破る決死の退却によって薩摩へ帰り着きました。義弘は慶長9年に自らの菩提寺を伊集院の妙円寺と定め、木像を京都で造らせたと伝えられます。その苦難を偲び、城下の武士たちが夜を徹して妙円寺まで歩いて参拝した習わしが、妙円寺詣りの始まりとされます。

【特徴】

明治の廃仏毀釈で妙円寺が廃され、その跡地に島津義弘を祭神とする徳重神社が建てられました。義弘の木像は神体として社に移され、現在の妙円寺詣りは鹿児島県日置市にある徳重神社が主会場となっています。妙円寺そのものも禁令が解けた後に近くの地で再興されており、参拝する人は神社と寺の両方を歩いて訪ねることができます。

【見どころ】

鹿児島の市街から片道約20キロの道をたどり、徳重神社へ向かう人の列が朝から夕方まで途切れずに続きます。境内では薩摩の伝統芸能や武道の奉納が行われ、鎧兜をまとった武者行列も登場して、参道は露店とともに一日中にぎわいます。開催は10月下旬の土曜と日曜ごろですが、日程は年によって変わるため、出かける前に確認しておくとよいでしょう。

【トリビア】

妙円寺詣りは、曽我どんの傘焼き、赤穂義臣伝輪読会とあわせて鹿児島三大行事と呼ばれています。かつては旧暦9月14日、関ヶ原の戦いの前夜にあたる日に歩いたと伝えられ、往復およそ40キロを一晩でこなす心身の鍛錬の場でもありました。今日では家族連れや県外からの参加者も加わり、歩くこと自体を楽しむ親しみやすい行事になっています。

📅 最終更新: 2026/9/13
妙円寺詣り
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です