鹿児島三大行事は、薩摩藩独自の青少年教育「郷中教育」に由来する三つの伝統行事で、妙円寺詣り・曽我どんの傘焼き・赤穂義臣伝輪読会を指すとされます。関ヶ原を生き抜いた島津義弘を偲んで歩き、曽我兄弟の孝を傘の火に重ね、赤穂浪士の忠義を声に出して読み継ぐという構えで、武と文の両面から薩摩の精神を伝えてきました。行事の時期や会場は年によって変わるため、出かける前に主催者の告知を確かめると安心です。
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A.三つとも薩摩藩独自の青少年教育である郷中教育に由来する伝統行事です。赤穂義臣伝輪読会が主君への忠を、曽我どんの傘焼きが親への孝を、妙円寺詣りが郷土の武の誇りを担うという具合に、学びの三本柱として説明されることがあります。顔ぶれには異説も見られますが、この組み合わせが最も広く紹介されています。
A.妙円寺詣りは10月下旬の土曜と日曜ごろ、曽我どんの傘焼きは7月ごろの夜、赤穂義臣伝輪読会は討ち入りにちなむ1月中旬ごろに行われます。いずれも時期や会場は年によって変わるため、出かける前に主催者の告知を確かめると安心です。
A.妙円寺詣りでは、鹿児島の城下から鹿児島県日置市の徳重神社まで約20キロの道を歩いて参拝します。かつては関ヶ原の戦いの前夜にあたる旧暦9月14日に歩いたと伝えられ、往復およそ40キロを一晩でこなす心身の鍛錬の場でもありました。今日では家族連れや県外からの参加者も加わっています。
A.曽我兄弟が父の仇討ちに向かうとき、松明の代わりに雨傘を燃やして足元を照らしたという故事にちなんでいます。薩摩ではこの物語が親への孝を教える題材となり、曽我どんの傘焼きは物語を実際の炎で再現する行事として郷中教育の中で育まれたとされます。燃やす和傘は保存会が毎年寄付を募って集めています。
A.妙円寺詣りの主会場は日置市の徳重神社、曽我どんの傘焼きは鹿児島市の石橋記念公園、赤穂義臣伝輪読会は鹿児島市の南洲神社などで行われます。直線距離では曽我どんの傘焼きと赤穂義臣伝輪読会が約1km、妙円寺詣りからはそれぞれ約17kmと約16km離れています。