【概要】
滋賀県大津市の義仲寺(ぎちゅうじ)境内にある草庵。木曽義仲の墓所であり、芭蕉が生前頻繁に訪れ、遺言によりこの地に葬られた。芭蕉の墓の隣には「無名庵」があり、多くの俳人が訪れる聖地となっている。
【歴史】
無名庵(義仲寺)は、滋賀県大津市の旧東海道沿いに建つ義仲寺境内の草庵である。義仲寺は、寿永3年(1184年)に粟津で討たれた木曽義仲の墓所に、側室の巴御前が庵を結んで供養したのが始まりと伝わり、鎌倉時代末以降の記録に巴寺・無名庵・木曽塚などの名で登場する。松尾芭蕉は元禄年間にこの庵にたびたび滞在し、近江の門人たちと句会を重ねた。
【特徴】
芭蕉は元禄7年(1694年)10月、大坂で客死したが、「骸は木曽塚に送るべし」との遺言により義仲寺に葬られ、義仲の墓の隣に芭蕉の墓が並ぶ。無名庵はその後荒廃と再建を繰り返し、明和6年(1769年)に俳僧・蝶夢が復興、境内は昭和42年(1967年)に国の史跡に指定された。京都の落柿舎、大磯の鴫立庵とともに日本三大俳諧道場に数えられ、芭蕉の墓所を守る庵として特別な地位を占める。
【見どころ】
約100坪の境内には、芭蕉像を安置する翁堂、義仲を祀る朝日堂、無名庵、資料館が並ぶ。翁堂は安政5年(1858年)の再建で、天井には伊藤若冲筆の花卉図15面が飾られ、安政6年に大津の魚問屋から寄進されたと伝わる。境内には「行く春を近江の人と惜しみける」など芭蕉の句碑や、巴御前の塚、義仲の木像を納めた朝日堂があり、俳句と源平史の両方を味わえる。
【トリビア】
芭蕉が近江の地を愛したのは、琵琶湖の景色と近江蕉門の門人たちの存在が大きかったとされ、「行く春を近江の人と惜しみける」は無名庵での日々を象徴する句である。10月の芭蕉忌は「時雨忌」と呼ばれ、義仲寺では毎年法要と句会が営まれる。文豪・芥川龍之介は、木曽義仲を論じた文章で知られるが、義仲寺との縁も語られる。粟津の合戦から俳聖の墓所へと、義仲と芭蕉が並び眠る寺は他に例がない。




