【概要】
碁点は最上川三難所のうち最も上流にある瀬です。河島山の西側で第三紀の凝灰岩の岩塊が川底にあらわれ、大小の岩が碁盤の碁石を並べたように点在することから碁点と呼ばれたとされます。下り舟にとっては最初の関門で、深みを外れると岩が水面近くまで迫りました。今は舟下りの乗船場と碁点温泉がそろう行楽の一帯になっています。
【歴史】
碁点をはじめとする三難所の瀬は、内陸と酒田湊を結ぶ最上川舟運の関門でした。山形城主の最上義光は天正8年(1580年)に下流の大石田に河岸の村を立て、翌年には他国から石工を雇い入れ、3〜4年の夏をかけて川底の岩を切らせたと伝えられます。慶長11年(1606年)には最上家の収納米輸送を担う斎藤伊予が川筋を調べ、三難所の補修と岩の除去に当たりました。
【特徴】
碁点は河島山の西側にあたり、第三紀の凝灰岩の岩塊が川床にあらわれて大小の岩が点在します。その姿が碁盤に碁石を並べたように見えることが名の由来とされ、深みを外れると岩礁が水面すぐ下まで迫ります。山形盆地の北端から丘陵を横切る区間の入口にあたり、水量が落ちる時期には岩の頭がいくつも顔を出して、流れが白く砕けます。下り舟にとっては最初に現れる関門でした。
【見どころ】
山形県村山市にある碁点の岸には舟下りの乗船場が置かれ、船頭の語りと舟唄を聞きながら岩の間を抜けていきます。すぐ隣には塩化物泉をたたえる碁点温泉のクアハウス碁点が建ち、1985年に国民保養温泉地に指定されました。川沿いには最上川三難所そば街道の看板を掲げたそば屋が点在し、舟と湯とそばを一日で楽しめます。
【トリビア】
「碁点 隼 三ヶの瀬」と歌い込まれる最上川舟唄は、実は古くからの唄ではありません。1936年にNHK仙台放送局が最上川を下る番組を作るとき、左沢の渡辺国俊が詞をまとめ、後藤岩太郎が曲を整えた新民謡で、酒田追分や難所越えの掛け声が素材になったといわれます。碁点の名は近くの橋や温泉にも受け継がれています。




