金乗院(目白不動)

(こんじょういん)
📍 関東東京都 豊島区⛩️ 寺社🏯 歴史

#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています

【概要】

金乗院は、東京都豊島区高田にある真言宗豊山派の寺院で、境内の不動堂に江戸五色不動の一つである目白不動を祀っています。目白不動はもと関口にあった新長谷寺の本尊で、1945年の空襲で新長谷寺が焼けたのちに金乗院へ移されました。三代将軍徳川家光が目黒に対して目白の名を与えたと伝わり、目白という地名の由来の一つにも数えられています。

【歴史】

金乗院(目白不動)は、天正年間に開山の永順が聖観世音菩薩を祀る観音堂を建てたのが始まりとされ、永順が没した1594年より前の創建と考えられています。はじめは蓮花山と号して中野の宝仙寺の末寺でしたが、のちに神霊山金乗院慈眼寺と改め、護国寺の末寺となりました。1945年の空襲で堂宇を失ったのち、焼失した新長谷寺から目白不動を迎え、戦後に本堂を再建しています。

【特徴】

目白不動は、元和4年にあたる1618年の創建と伝わる関口の新長谷寺の本尊で、弘法大師の作と伝わる秘仏の不動明王です。江戸時代には目黒・目赤とともに江戸の三不動に数えられ、三代将軍徳川家光が目黒に対して目白の名を与えたという話が残ります。新長谷寺があった辺りの坂は今も目白坂と呼ばれ、その名に不動尊の記憶をとどめています。

【見どころ】

境内には寛文6年にあたる1666年に造立された倶利伽羅不動庚申塔が立ち、剣に巻きつく竜を刻んだ珍しい意匠で知られます。1800年に建てられた鍔塚など石造物も多く、墓地には慶安の変に加わって処刑された槍の名手の丸橋忠弥や、仙台に青柳文庫を開いた青柳文蔵の墓があります。都電荒川線の学習院下や面影橋の停留場から歩いて訪ねられます。

【トリビア】

目白という地名の由来には、目白不動にちなむとする説のほか、白い馬の産地を指す馬白が転じたという説もあります。1885年に鉄道が通ったとき、駅の名は目白不動にちなんで目白と付けられ、町名としての目白が生まれたのは昭和に入ってからとされます。いまの目白不動は目白駅から少し離れた高田の金乗院にあり、地名と不動尊の位置がずれているのも興味深いところです。

📅 最終更新: 2026/10/14
金乗院(目白不動)
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です