万寿寺

(まんじゅじ)
📍 京都府 京都市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

万寿寺は、京都府京都市にある臨済宗東福寺派の寺で、京都五山の第五位に置かれました。起こりは永長元年(1096年)、白河上皇が早くに亡くなった皇女をしのんで六条内裏に建てた六条御堂で、のちに禅寺へ改められて五山に列します。天正年間に現在地へ移り、明治十九年(1886年)からは東福寺の塔頭となっていて、いまは非公開で拝観はできません。

【歴史】

永長元年(1096年)、白河上皇は二十一歳で亡くなった皇女の郁芳門院媞子内親王をしのび、六条内裏に六条御堂を建てました。これが万寿寺の起こりで、のちに東光寺と改められます。鎌倉時代の中ごろ、東福寺開山の円爾に学んだ十地覚空と東山湛照によって禅寺に改められ、至徳三年(1386年)に京都五山の第五位へ定められました。

【特徴】

正式には京城山萬壽禅寺と号し、九重山とも呼ばれます。禅寺となった当初は十刹の第四位に置かれ、のちに五山へ引き上げられました。天正年間、すなわち1573年から1592年にかけての豊臣秀吉による京都の町の改造にともなって、東福寺の北側にあった三聖寺の隣接地へ移されます。京都府京都市にある五山のうち、もっとも小さな構えの寺です。

【見どころ】

万寿寺は東福寺の塔頭として門を閉ざしており、非公開のため境内に立ち入って拝観することはできません。門前に建つ鐘楼は室町時代の建物で、上の層に鐘を吊り下の層を門とする珍しい造りをしており、重要文化財に指定されています。もとは三聖寺のもので、現在は東福寺の所有です。外からその構えをうかがうにとどめたい寺です。

【トリビア】

明治六年(1873年)、隣にあった三聖寺が万寿寺に合併されました。三聖寺は開山が万寿寺と同じ十地覚空と東山湛照であり、もともと縁の深い寺でした。三聖寺から受け継いだ愛染堂は昭和九年(1934年)の室戸台風で倒れ、昭和十二年(1937年)に東福寺の境内へ移されて、いまも八角の姿を見せています。伝来の木造阿弥陀如来坐像は平安時代後期の作で、像高は二百八十センチほどにおよびます。

📅 最終更新: 2026/9/13
万寿寺
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です