【概要】
前島橋は、熊本県上天草市にある天草五橋の四号橋で、大池島と前島を結んでいます。橋長は五百十メートルと五つの橋のなかで最も長く、コンクリートの箱桁が海の上を真っ直ぐに伸びていきます。橋の前後には小島と入り江が入り組んだ天草松島の景色が広がり、車の窓からでも強く印象に残る区間です。天草上島へ渡るひとつ手前の橋にあたります。
【歴史】
前島橋は一九六二年に着工した天草五橋の工事のなかで、最も長い橋として計画されました。プレストレストコンクリートの箱桁を用い、橋脚と一体化させる構造とすることで、海の上に長い径間を渡しています。一九六六年九月二十四日に五つの橋がそろって開通し、九州本土から天草上島まで車で通り抜けられるようになりました。
【特徴】
前島橋の橋長五百十メートルは五橋随一で、中空の箱形をしたコンクリートの桁が水平に連なっていきます。箱桁は断面が箱の形をしているため軽くしなやかで、ねじれにも強いという利点があります。橋脚と桁が一体になった構造は継ぎ目が少なく、車で渡るときの走り心地が滑らかなことも持ち味のひとつです。長い桁を支えるため、橋脚は海の底の地盤までしっかりと根を下ろしています。
【見どころ】
前島橋の前後は天草松島と呼ばれる多島海の中心で、橋の上からは大小の島が幾重にも重なる眺めが開けていきます。熊本県上天草市にある高舞登山の展望所に登れば、前島橋を含む五つの橋すべてを一望でき、ここから望む夕日は日本の夕陽百選にも選ばれていると紹介されています。海に沈んでいく光が島影を黒く浮かび上がらせ、橋の輪郭だけが残る時間帯は格別です。
【トリビア】
天草への架橋を最初に唱えたのは、湯島の出身で熊本県議を務めた森慈秀でした。一九三六年の県議会で天草に橋を架けようと訴えたときは相手にされなかったと伝えられますが、その構想は四半世紀を経て現実になります。前島橋をはじめとする五つの橋には、粘り強い働きかけの跡が刻まれています。五つの橋のなかで最も長い橋が、その夢の大きさを今に伝えているようにも思えます。
