【概要】
熊野本宮大社は熊野三山の中心とされる古社で、主祭神の家都美御子大神を祀ります。もとは熊野川と音無川、岩田川が出合う中洲の大斎原に社殿が並んでいましたが、1889年の大水害で多くが流され、残った上四社が現在の高台へ移されました。熊野古道中辺路をたどってきた参詣者が最後に石段を上る、熊野詣の終着点として親しまれています。
【歴史】
社伝では崇神天皇の時代の創建と伝えられ、平安時代には熊野信仰の中心として都にまで名を知られました。907年の宇多法皇の御幸を皮切りに、白河上皇が9度、鳥羽上皇が21度、後白河法皇が34度も熊野を訪れ、やがて武士や庶民までが列を作る蟻の熊野詣へと広がります。熊野本宮大社はその巡礼路の到達点であり、三山の首座として熊野信仰を全国へ広げる拠点となりました。
【特徴】
現在の社殿は水害を免れた上四社で、檜皮葺の屋根が横に並びます。中央の証誠殿に祀られる家都美御子大神は本地仏を阿弥陀如来とされ、熊野が極楽浄土に見立てられる拠り所となりました。和歌山県田辺市の山あいにあり、参道の石段を158段上ると、黒木の鳥居の奥に杉木立に囲まれた境内が開け、四棟の社殿は国の重要文化財に指定されています。
【見どころ】
旧社地の大斎原には、2000年に建てられた高さ33.9メートル、幅42メートルの大鳥居が立ちます。鉄筋コンクリート造で日本一の高さを誇り、田畑の緑の中にそびえる姿は熊野本宮大社を訪ねた人の記憶に残ります。かつての大斎原は約1万1千坪の境内に社殿が立ち並ぶ大規模な神域で、流された中四社と下四社の神々は今は石造の小さな祠に祀られています。
【トリビア】
神の使いは三本足の八咫烏で、神武天皇を導いた神話にちなみ導きの神として信仰されてきました。日本サッカー協会の紋章にも用いられ、境内には八咫烏を掲げた黒いポストが置かれています。烏文字を刷った熊野牛王神符は破れば神罰が下ると信じられ、中世には約束を交わす起請文の用紙として重んじられ、諸国をめぐる熊野比丘尼の手で各地へ配られました。




