熊野三山は、紀伊半島の南に鎮座する熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社をまとめた呼び名です。山や川、滝そのものを神と仰ぐ古い信仰に平安時代の浄土思想や本地垂迹の考えが重なり、三社が互いの神を祀り合う独特の関係が生まれました。上皇たちの熊野御幸に始まり、身分を問わない蟻の熊野詣へと広がった参詣の道は、熊野古道として2004年に世界遺産へ登録されています。
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A.熊野本宮大社は家都美御子大神、熊野速玉大社は熊野速玉大神と熊野夫須美大神、熊野那智大社は熊野夫須美大神を主祭神とします。本地仏は家都美御子大神が阿弥陀如来、熊野速玉大神が薬師如来、熊野夫須美大神が千手観音とされました。
A.平安時代に上皇たちの熊野御幸から盛んになりました。907年の宇多法皇の御幸を皮切りに、白河上皇が9度、鳥羽上皇が21度、後白河法皇が34度も熊野を訪れ、やがて武士や庶民までが列を作る蟻の熊野詣へと広がりました。参詣の道は熊野古道として2004年に世界遺産へ登録されています。
A.三社はいずれも和歌山県にあります。直線距離では熊野速玉大社と熊野那智大社が約11km、熊野本宮大社と熊野速玉大社、熊野本宮大社と熊野那智大社がそれぞれ約20km離れています。熊野速玉大社はかつて熊野川の水運で本宮とも結ばれていました。
A.熊野那智大社の例祭である7月14日の那智の扇祭りと、熊野速玉大社の摂社である神倉神社で毎年2月6日に行われるお燈まつりがあります。那智の扇祭りは日本三大火祭りに数えられ、お燈まつりでは白装束に荒縄を巻いた上り子が松明を手に石段を駆け下ります。
A.八咫烏は熊野本宮大社の神の使いです。三本足の八咫烏は神武天皇を導いた神話にちなみ、導きの神として信仰されてきました。日本サッカー協会の紋章にも用いられ、境内には八咫烏を掲げた黒いポストが置かれています。