【概要】
九条家は、藤原忠通の三男である九条兼実を祖とする五摂家のひとつです。兼実は源頼朝の後ろ盾を得て摂政・関白となり、日記の玉葉を残しました。孫の九条道家は東福寺を開き、子の頼経は鎌倉幕府の四代将軍になりました。大正天皇の皇后となった貞明皇后もこの家の出身です。京都市上京区の京都御苑には、九条家で唯一残る建物の拾翠亭と九条池が残ります。
【歴史】
九条家の祖である九条兼実は、平安時代の終わりに源頼朝の支持を受けて摂政となり、1191年には関白に就きました。兼実が書き残した日記の玉葉は、源平の争乱から鎌倉幕府の成立までを伝える一級の史料です。孫の道家は子の教実・良実・実経を相次いで摂関に就けて全盛を築き、その子孫から二条家と一条家が分かれたため、九条家は三つの摂家の本家にあたります。
【特徴】
九条家は朝廷だけでなく、鎌倉の武家政権とも深く結びついた家です。九条道家の子の頼経は、源氏の将軍が絶えたあとに幼くして鎌倉へ下り、四代将軍となって摂家将軍と呼ばれました。道家は京都の東山に巨大な禅寺の東福寺を開いています。近代には九条道孝の娘の節子が大正天皇の皇后となり、のちに貞明皇后と呼ばれました。家紋は九条藤と呼ばれる藤の紋です。
【見どころ】
京都市上京区の京都御苑の南、堺町御門の西側一帯が九条邸跡です。江戸時代後期に建てられたと伝わる拾翠亭は、九条家で唯一いまに残る建物で、茶会や歌会など社交の場として使われました。数寄屋風の二階建てで、二階の広縁からは九条池と石橋を見下ろせます。拾翠亭は保存修理を経て一般公開されていますが、公開日は限られており変わることがあるため、訪れる前に確認が必要です。
【トリビア】
拾翠亭の屋根の鬼瓦には九条家の家紋がかたどられ、ここが九条家の建物であったことを今に伝えています。九条池の中島には厳島神社が祀られ、九条家の屋敷の鎮守社として守られてきました。社の前に立つ石の鳥居は、笠木が唐破風のように反った珍しい形で、京都三珍鳥居のひとつに数えられます。池には御所の方へ向かう石造りの高倉橋も架かっています。
