【概要】
一条家は、九条道家の子である一条実経を祖とする五摂家のひとつです。室町時代の一条兼良は当代随一の学者とうたわれ、その子の教房は応仁の乱を避けて土佐へ下り、土佐一条氏の祖となりました。幕末には一条忠香の娘が明治天皇の皇后となり、昭憲皇太后と呼ばれました。京都市上京区の京都御苑の北西には屋敷跡があり、名水と伝わる縣井の井戸が残ります。
【歴史】
一条家は、鎌倉幕府と結んで権勢を誇った九条道家の子、一条実経に始まります。実経は父の後押しで摂政となりましたが、1246年に一族が鎌倉の政争に連座して職を解かれ、その後に一条家として九条家から独立しました。家名は実経の屋敷に由来し、一条の坊名にちなんで桃華とも呼ばれます。江戸時代の終わりまで摂政・関白を出し続け、明治維新ののちは華族に列して公爵を授けられました。
【特徴】
一条家の名を高めたのは、室町時代の一条兼良です。関白を務めながら、朝廷の年中行事を解説した公事根源や、源氏物語の注釈書である花鳥余情などを著し、当代随一の学者として知られました。兼良の子の教房は応仁の乱を避けて土佐の幡多に下り、その子孫は中村に館を構えて戦国大名となりましたが、のちに長宗我部元親に追われて土佐一条家は途絶えました。
【見どころ】
京都市上京区の京都御苑の北西、乾御門に近い一帯が一条邸跡です。屋敷の建物は残っていませんが、広い玉砂利の道に沿ってモミジやイチョウが並び、晩秋には黄色と赤の葉が重なり合う紅葉の名所として紹介されています。邸跡には一条家の屋敷で使われた井戸の縣井が残り、古くから名水として知られてきました。地下鉄の今出川駅から歩いてすぐの場所にあり、四季を通じて散策を楽しめます。
【トリビア】
幕末の一条家の当主、一条忠香の娘は明治天皇の皇后となり、のちに昭憲皇太后と呼ばれました。和歌に秀で、女子教育や日本赤十字社の活動を支えたことで知られています。また土佐一条氏が館を構えた中村は、京にならった碁盤の目の町割りと祇園や東山などの地名を残し、いまも土佐の小京都と呼ばれて一条家の名残を伝えています。
