甲州街道

(こうしゅうかいどう)
📍 長野県 下諏訪町🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

甲州街道は江戸日本橋から内藤新宿、八王子、甲府を経て、中山道の下諏訪宿に合流した街道です。四十四の宿場が置かれ、道のりは約210キロメートルでした。長野県下諏訪町にある合流の地には碑が建ち、二本の街道が出会う宿場として栄えた面影を残しています。江戸城の有事に備えた道であったともいわれ、温泉が湧く宿場としても知られていました。

【歴史】

甲州街道は、江戸城と甲府城を結ぶ軍事的な役割を担って開かれた街道で、五街道の中では最も遅れて整えられました。江戸城に急を要することが起きれば将軍を甲府へ逃がすための道であった、という説も語られています。日本橋と最初の宿である高井戸宿の間が遠かったため、後に内藤新宿が加えられ、江戸を出て最初の宿場となりました。

【特徴】

日本橋から下諏訪宿までは五十三里二町、およそ210キロメートルで、四十四の宿場が置かれました。江戸から甲府までの三十七宿を表街道、甲府から下諏訪までの七宿を裏街道と呼び分けています。小仏峠や笹子峠といった険しい山越えが続く一方で、関所は小仏と鶴瀬に限られ、宿場の規模も東海道に比べると小ぶりで、旅人よりも幕臣や物資の往来を重んじた道といえます。

【見どころ】

長野県下諏訪町にある中山道と甲州道中の合流之地には石碑が建ち、二本の街道がここで一本になったことを示しています。合流点のすぐそばには諏訪大社下社秋宮が鎮座し、門前には古くから温泉が湧いていました。下諏訪宿は五街道の宿場では珍しく湯を備えた宿として親しまれ、今も湯の町らしい町並みが街道沿いに続きます。

【トリビア】

甲州街道の終点である下諏訪宿は、中山道六十九次では江戸から数えて二十九番目の宿にあたり、二本の街道が交わる要地として際立った規模を誇りました。江戸を出て最初の宿場だった内藤新宿は、高遠藩の内藤家が屋敷地の一部を返上して開かれた宿で、現在の新宿という地名の由来にもなっています。また下諏訪宿には皇女和宮の行列も立ち寄ったと伝えられ、街道の格の高さがうかがえます。

📅 最終更新: 2026/9/8
甲州街道
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です