【概要】
金地院庭園は、京都市にある特別名勝です。四季折々の美しい景観が楽しめ、多くの観光客が訪れます。日本の美を象徴する場所の一つです。
【歴史】
金地院庭園は、京都府京都市にある南禅寺塔頭の金地院で、方丈の前に広がる枯山水庭園です。金地院は応永年間に足利義持が大業徳基を開山として創建したと伝わり、慶長10年(1605年)に「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝が現在の南禅寺の境内へ移しました。庭は三代将軍徳川家光を迎えるための造営として、寛永年間に方丈や東照宮とともに本格的に整えられたものとされています。
【特徴】
通称を「鶴亀の庭」といい、寛永9年(1632年)ごろに完成したとされます。一面に敷かれた白砂が大海を表し、向かって右に鶴島、左に亀島、正面奥には蓬莱連山を象った石組を据えました。小堀遠州が図面を引き、石組は名手と称された賢庭が、現場の指揮と植栽は小堀家家臣の村瀬佐助が担ったことが、崇伝が書き残した日記『本光国師日記』の記述から具体的に知られています。作庭の分担が史料でたどれる貴重な例です。
【見どころ】
鶴島と亀島の間に置かれた平たく大きな遥拝石は、背後に建つ東照宮を拝むためのものと伝わります。方丈は伏見城の遺構を移したとされ、内部には狩野派の手になる金地の障壁画が残されました。小堀遠州の作と伝わる茶室の八窓席も名高い存在です。庭園は昭和18年(1943年)に名勝、昭和29年(1954年)に特別名勝へ指定され、江戸時代初期を代表する鶴亀蓬莱庭園として評価されています。
【トリビア】
以心崇伝は徳川家康の側近として外交文書の作成や寺社行政を一手に担い、方広寺鐘銘事件にも関与したことで知られる僧です。庭に据えられた数々の石は各地の大名から集められたと伝わり、その顔ぶれは江戸時代初期における崇伝の権勢を物語ります。東照宮は寛永5年(1628年)の造営で、家康の遺髪と念持仏を納めたと伝えられ、権現造の建築として重要文化財に指定されています。




