【概要】
鹿児島県霧島市(旧国分市)周辺で栽培された国分葉は、江戸時代から知られる最高級のタバコ葉。火山灰土壌に適応し、薄く弾力があり、香り高い品質で「オハラ節」にも歌われた。明治期には全国標準の地位を確立したが、現在は生産されていない。
【歴史】
国分葉は、旧国分市を含む鹿児島県霧島市で栽培されてきた在来のたばこ品種です。慶長11年(1606年)に島津義久の家臣であった服部宗重が国分郷梅木の地で試作して好結果を得たと伝わり、のちに煙草奉行を命じられて姶良一帯へ栽培を広めました。正徳3年(1713年)ごろには国分煙草の名が全国に紹介され、江戸時代後期には大坂や江戸へ盛んに移出される薩摩藩の重要な産物へと成長しました。
【特徴】
国分葉の産地は、桜島や霧島の火山活動が生んだ軽くて水はけのよい火山灰土壌に恵まれ、温暖な気候と相まって良質な葉を育てました。葉は肉が薄くて弾力に富み、燃焼性がよいうえに香りが高いことが身上で、細く刻んで煙管で喫する刻みたばこの原料として珍重されました。弘化3年(1846年)に著された『煙草百種』では、諸国の葉のうち最上との折り紙を付けられています。
【味わい】
刻みたばこに仕立てた国分葉は、雑味の少ないまろやかな喫味と、火をつけた瞬間に立ちのぼる甘い香りで愛煙家をとりこにしました。煙管の火皿に一服分だけ詰めて短く吸い、香りそのものを楽しむのが江戸時代以来の作法で、薩摩から運ばれた葉は上方や江戸でも高値で取り引きされたと伝わります。専売制度のもとで需要が紙巻きたばこへ移っていくと生産は次第に縮小し、現在は在来品種としての栽培は行われていません。
【トリビア】
鹿児島の俗謡オハラ節に「花は霧島、煙草は国分」と歌い込まれたことは、国分葉の名声を今に伝える有名な逸話です。明治40年(1907年)には国分、水府、秦野の三銘葉を配合したたばこが皇室への献上用に定められ、三大銘葉という呼び名を決定づけました。薩摩藩にとっても葉たばこは重要な財源であったとされ、産地には往時をしのぶ石碑や郷土誌が残され、たばこ産地としての記憶を今に伝えています。




