【概要】
木曽川は、木曽の山地から伊勢湾へ注ぐ大河で、1927年の日本八景では河川の部の一席に選ばれました。評価の的になったのは、白い奇岩の間に急流と淵が交互に現れる中流の峡谷で、地理学者の志賀重昂がドイツのライン川になぞらえて日本ラインと呼んだ区間です。愛知県犬山市にある犬山橋のあたりがその下流側の入口にあたります。
【歴史】
木曽川の中流の峡谷は、1913年にあたる大正二年に地理学者の志賀重昂がドイツのライン川に見立てて日本ラインと名付け、一躍世に知られるようになりました。1927年の日本八景では河川の部の一席に選ばれ、激流から清流へと移り変わる流れの面白さと、山峡の奇岩の眺めが絶賛されています。1931年5月11日には名勝木曽川として国の指定を受けました。
【特徴】
日本ラインと呼ばれる区間は、可児川の合流点から犬山までのおよそ十三キロで、両岸に花崗岩の白い岩が突き出し、瀬と淵が交互に現れます。愛知県犬山市にある犬山橋の上流側では川幅が締まり、水の色が深い緑に変わります。木曽川はもともと木曽の檜を筏に組んで運ぶ道でもあり、流れを読む舟の技がのちの川下りの舟に受け継がれました。
【見どころ】
川ぞいの丘には国宝の犬山城天守が立ち、最上階の回り縁から木曽川の流れと対岸の山々を見渡せます。白帝城という別名は、儒学者の荻生徂徠が中国の白帝城になぞらえて付けたと伝えられます。夏には千三百年ほど続くという木曽川の鵜飼が行われ、観覧船から篝火と鵜匠の手さばきを間近に眺められます。船の運航の期間や時間は年によって変わるので確かめてください。
【トリビア】
日本ライン下りの舟は、最盛期の1970年代には年に四十万人ほどを運びましたが、2011年8月に天竜川で起きた川下り船の転覆事故のあと客足が戻らず、2012年の運航を最後に休止となりました。そのため今は峡谷を下る舟に乗ることができません。流域の市や町は復活を目指しており、2024年10月には遊覧船の試験運航が行われています。




