【概要】
春日山城は新潟県上越市の標高約百八十メートルの春日山を丸ごと城郭化した連郭式の山城です。南北朝時代に越後守護の上杉氏が築いたのが始まりとされ、長尾為景から上杉謙信、景勝へと受け継がれ、1607年に廃城となりました。石垣をほとんど用いず、土塁と空堀、切岸で守りを固めた城で、今は本丸跡や家臣団の屋敷跡、復元された毘沙門堂を見ることができます。
【歴史】
春日山城は南北朝時代に越後守護の上杉氏が府中の背後に築いたのが始まりとされ、永徳元年(1381年)に守護代長尾高景が本格的に構えたとも伝わります。永正4年(1507年)に長尾為景が守護上杉房能を追い落として実権を握ると長尾氏の本拠となり、為景、晴景、そして景虎すなわち上杉謙信、養子の景勝へと四代にわたって受け継がれます。慶長12年(1607年)に福島城へ移されて廃城となりました。
【特徴】
春日山城は新潟県上越市にある標高約百八十メートルの春日山を丸ごと城郭化した連郭式の山城です。城域は東西南北ともおよそ二キロメートルに及び、尾根筋に本丸、天守台、二の丸、三の丸を連ね、そこから枝分かれする尾根には家臣団の屋敷跡が段状に並んでいます。石垣をほとんど用いず、土塁と空堀、切岸で守りを固めた中世山城の完成形とされ、その規模は全国屈指と評されています。
【見どころ】
登城口から本丸へ向かう道の途中には、謙信が出陣前に籠もって戦勝を祈ったと伝わる毘沙門堂が復元されています。本丸跡に立てば直江津の港と日本海、遠く妙高の山並みまで見渡すことができ、越後を束ねた武将が眺めた光景を体感できます。中腹の春日山神社は謙信を祭神として明治期に創建されたもので、参道の脇には勇壮な上杉謙信の銅像が建ち、越後路を訪れた人の記念撮影の定番となっています。
【トリビア】
春日山という地名は、越後国府の守り神として奈良の春日大社を勧請した社が麓に祀られたことに由来すると伝わります。城跡は昭和10年(1935年)に国の史跡へ指定され、日本百名城の三十二番にも選ばれました。麓のガイダンス施設や銅像の周辺は整備が進んでいますが、山中は起伏が大きく一周に二時間ほどかかるため、春日山城を訪ねる際は歩きやすい靴と水を用意しておきたいところです。
