【概要】
観音寺城は滋賀県近江八幡市の標高約430メートルの繖山に築かれた大規模な山城で、近江守護の佐々木六角氏の居城でした。築城年代は明らかではありませんが、南北朝期には城として使われ、1568年に織田信長の軍勢を前に六角義賢が退いて廃城となりました。中世の山城としては例外的に石垣が多用され、今も平井丸の虎口や池田丸の石積み、本丸跡の石段や礎石が残っています。
【歴史】
観音寺城は、近江の守護を代々務めた佐々木六角氏の居城として、滋賀県近江八幡市にある繖山に築かれた大規模な山城です。築城の年代は明らかではありませんが、南北朝期にはすでに城として使われ、戦国期の六角高頼のころに家臣へ命じて大きく整備させたと伝わります。1568年(永禄11年)、足利義昭を奉じて上洛した織田信長の軍勢を前に六角義賢は戦わずして城を退き、以後は廃城となりました。
【特徴】
標高約430メートルの繖山の山上から山腹にかけて、無数の郭が魚のうろこのように幾重にも広がるのが観音寺城の特徴です。中世の山城としては例外的に石垣が多用され、家臣たちの屋敷を城内に集めて守護の権力を示した点でも先駆的でした。石垣を広く用いたこの城は、後の安土城に影響を与えた可能性も指摘され、その規模から春日山城や小谷城と並ぶ日本五大山城の一つに数えられています。
【見どころ】
見どころは、山中に点在する郭群にいまも残る石垣です。なかでも平井丸の巨石を積み上げた虎口や、池田丸を取り囲む高い石積みは見ごたえがあり、落合丸とあわせて往時の姿をしのばせます。本丸跡には石段や礎石が残され、樹間からは琵琶湖と近江平野が見渡せます。麓から続く石段を登り、観音正寺から尾根伝いに歩けば、主要な郭をひと通り巡ることができ、山城の広大さを体感できます。
【トリビア】
観音寺城跡は国の史跡に指定され、隣接する安土城跡とともに保存が図られています。六角氏がこの城で定めた分国法「六角氏式目」は、家臣たちが主君に守らせる形で成立した異例の法として知られ、戦国大名の権力のあり方を考えるうえで貴重な史料とされます。城跡は日本百名城の第52番に選ばれており、西国三十三所の札所である観音正寺への参道がそのまま登城路を兼ねている点も、この城ならではの魅力です。
