【概要】
甚目寺観音は、愛知県あま市にある真言宗智山派の寺院で、山号を鳳凰山と称します。推古天皇5年(597年)に漁をしていた甚目龍麻呂が網で観音像を引き上げ、浜に堂を建てて祀ったのが始まりと伝えられます。南大門・三重塔・東門の三棟が国の重要文化財に指定されており、尾張四観音では唯一名古屋市外にあって、名古屋城から見ると北北西にあたります。
【歴史】
甚目寺観音の始まりは、推古天皇5年(597年)に漁師であった甚目龍麻呂が網に観音像を引き上げ、砂浜に堂を建てて安置したことにあると伝えられます。天武天皇の時代に堂が整えられて鳳凰山の山号を受け、鎌倉時代には一山五百坊、三千人の僧を擁したと伝わるほどの大寺へ発展していきました。甚目寺という寺名も、この龍麻呂の名にちなむものと伝えられています。
【特徴】
戦国期には織田信長や徳川家康の保護を受け、江戸時代を通じて尾張の代表的な観音霊場として栄えました。本尊は聖観音で、地元では甚目寺観音という通称で親しまれています。尾張四観音のうちで唯一名古屋市外に境内をもち、名古屋城から見ると北北西の方角にあたる位置に開かれている点も特徴といえます。名鉄津島線の甚目寺駅からすぐの門前に境内が広がっています。
【見どころ】
建久7年(1196年)に源頼朝の命で梶原景時が奉行となって建てたと伝わる南大門、寛永4年(1627年)に再建された高さ約25メートルの三重塔、寛永11年(1634年)再建の東門は、いずれも国の重要文化財です。南大門に立つ仁王像は慶長2年(1597年)に福島正則が寄進したと伝えられ、南大門そのものも鎌倉初期の様式を残す貴重な建築です。
【トリビア】
甚目寺観音には平安時代の絹本著色不動尊像や鎌倉時代の仏涅槃図、木造愛染明王坐像といった重要文化財の絵画や彫刻も伝わっています。三重塔は天正13年(1585年)の地震で倒れたのちに建て直されたものです。名古屋城の北北西にあたるため恵方の年の節分会は賑わいますが、日程は年ごとに確認するのが確実です。正月の初祈祷会や桃十日祭も知られる行事です。




