尾張四観音は、徳川家康が名古屋城を築いた際、城から見て鬼門にあたる四方の位置にあるとして鎮護に定めたと伝えられる四つの観音霊場です。笠寺観音、荒子観音、龍泉寺観音、甚目寺観音がそれにあたり、いずれも千年を超える歴史をもつ古刹とされています。名古屋城を中心にそれぞれ南南東、西南西、東北東、北北西の方角にあたるため、その年の恵方に当たる寺の節分会がとくに賑わう慣習が今も続いています。
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A.徳川家康が名古屋城を築いた際、城から見て鬼門にあたる四方の位置にあるとして鎮護に定めたと伝えられます。笠寺観音、荒子観音、龍泉寺観音、甚目寺観音の四つの観音霊場で、いずれも千年を超える歴史をもつ古刹とされています。
A.名古屋城から見た方角がその年の恵方に当たる寺の節分会が、とくに賑わう慣習があるためです。笠寺観音は南南東、荒子観音は西南西、龍泉寺観音は東北東、甚目寺観音は北北西にあたります。日程は年ごとに確認するのが確実です。
A.寺伝によれば甚目寺観音が最も古く、推古天皇5年(597年)に甚目龍麻呂が網で引き上げた観音像を祀ったのが始まりと伝えられます。荒子観音は天平元年(729年)、笠寺観音は天平5年(733年)、龍泉寺観音は延暦年間(782〜806年)の創建と伝わります。
A.平成26年(2014年)の調査で、境内に1255体の円空仏が確認されています。全国で現存が知られる円空仏のおよそ四分の一以上にあたります。山門の二体の仁王像も円空の作で、円空仏は原則として毎月第二土曜日の午後に公開されています。
A.いいえ、甚目寺観音だけが名古屋市外のあま市にあります。笠寺観音は南区、荒子観音は中川区、龍泉寺観音は守山区と、ほかの三つは名古屋市内です。直線距離は荒子観音と甚目寺観音が約7km、笠寺観音と荒子観音が約8kmで、そのほかの組み合わせは約15kmです。