岩村城

(いわむらじょう)
📍 岐阜県 恵那市🏯 歴史⛰️ 名所🎭 文化

【概要】

海抜717mと、江戸時代の藩庁が置かれた城としては日本一高い場所に築かれました。霧が多く発生することから「霧ヶ城」の異名を持ちます。現在は建物は残っていませんが、壮大な六段壁の石垣が往時の威容を伝えます。

【歴史】

岩村城は、文治元年(1185年)に源頼朝の重臣であった加藤景廉が遠山荘の地頭に任じられ、その子の遠山景朝が築いたと伝わる城です。遠山氏は鎌倉時代から戦国時代まで約400年にわたり城主を務め、その後は織田・武田両氏の争奪の舞台となりました。江戸時代には慶長6年(1601年)に松平家乗が岩村藩を立藩し、丹羽氏や大給松平氏が藩主を務めて、明治初期の廃城令まで約700年にわたる城の歴史が続きました。

【特徴】

岩村城は本丸が標高717メートルに位置し、江戸時代に藩庁が置かれた城の中で最も高い場所にある山城です。霧が発生しやすい気象条件を防御に活かしたことから「霧ヶ城」の別名を持ちます。本丸の北東面には、崩落を防ぐため段階的に築かれた「六段壁」と呼ばれる石垣が残り、各段に犬走りを設けた独特の構造が堅牢さと造形美を兼ね備えています。梯郭式の縄張りで、日本100名城にも選定されています。

【見どころ】

岩村城の登城道には、麓の藤坂から本丸まで石垣や曲輪跡が連続し、なかでも六段壁は多くの城郭ファンを魅了する屈指の景観です。岐阜県恵那市では、城下町が平成10年に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、江戸から明治の商家が並ぶ本通りを歩けば、山城跡と町並みを一度に楽しめます。麓の岩村歴史資料館では城の歴史や藩校「知新館」に関する資料が展示され、登城前の予習にも最適です。

【トリビア】

戦国時代、城主遠山景任の死後に織田信長の叔母である「おつやの方」が女城主として城を守りましたが、武田方の秋山虎繁に包囲され、虎繁と結婚する条件で降伏したと伝わります。天正3年(1575年)に織田軍が城を奪還すると、夫妻は処刑されるという悲劇的な結末を迎えました。城内の「霧ヶ井」には、蛇骨を投げ込むと霧が湧いて敵から城を隠したという伝説が残り、霧ヶ城の名の由来のひとつとされています。

📅 最終更新: 2026/9/6
岩村城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です