【概要】
岩国城は山口県岩国市の横山の山上に天守を、麓に居館の御土居を置いた城です。吉川広家が1601年(慶長6年)から築いて1608年に完成させましたが、1615年の一国一城令で天守は破却されました。今の天守は1962年に外観復元されたもので、錦帯橋から映えるよう本来の位置より南へずらして建てられています。1995年に復元された本来の天守台では穴太積みの石垣を見られます。
【歴史】
岩国城は、関ヶ原の戦いの後に岩国三万石へ移された吉川広家が、1601年(慶長6年)から横山に築き始め、1608年に完成させた城です。錦川の蛇行を天然の外堀とし、山上に天守を、麓に居館である御土居を置く構えでした。ところが1615年の一国一城令によって、完成からわずか七年で天守は破却され、以後の藩政は明治に至るまで麓の御土居を中心に行われることになります。
【特徴】
山上の天守は四重六階で、最上階を下の階より張り出させ、その間の屋根を省いた桃山風南蛮造と呼ばれる珍しい形式でした。現在の天守は1962年に外観復元されたもので、錦帯橋から見上げたときに映えるよう、本来の位置より五十メートルほど南へずらして建てられています。1995年には本来の天守台が発掘調査を経て復元され、古式の穴太積みと呼ばれる石垣を間近に見ることができます。
【見どころ】
城のある横山へは、麓の吉香公園からロープウェーで一気に上がることができ、山頂駅から城までは木立の中の道を数分歩きます。最上階の展望台からは錦川の流れと城下町、晴れた日には瀬戸内海の島々まで見渡せます。山上に残る大釣井や北の丸の空堀、切り立った石垣も見どころで、山を下りたあとは1673年に架けられた錦帯橋の五連のアーチを渡って締めくくるとよいでしょう。
【トリビア】
錦帯橋を架けたのは、広家の孫にあたる三代領主の吉川広嘉です。度重なる洪水で橋を流されることに悩んだ広嘉は、中国の書物にあった島づたいの橋の絵から着想を得て、石の橋脚の上に木のアーチを架ける独特の構造を考え出したと伝わります。岩国城と錦帯橋、そして城下町が一望に収まる景観は、こうした歴代領主の工夫の積み重ねから生まれ、今も多くの人を惹きつけてやみません。
