伊賀上野城

(いがうえのじょう)
📍 近畿三重県 伊賀市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

伊賀上野城は三重県伊賀市にある城で、上野城、白鳳城とも呼ばれます。1585年(天正13年)に筒井定次が築き、1608年に入った藤堂高虎が大改修して、内堀に面した高さ約三十メートルの高石垣を築きました。五層の大天守は1612年に暴風雨で倒壊して再建されず、今の三層の天守は1935年に川崎克が私財を投じて木造で建てた伊賀文化産業城です。

【歴史】

伊賀上野城は三重県伊賀市にある城跡で、上野城、白鳳城とも呼ばれます。1585年(天正13年)に大和郡山から移ってきた筒井定次が、平楽寺のあった丘に築いたのが始まりです。定次が失政を理由に改易されると、1608年(慶長13年)に築城の名手・藤堂高虎が伊予今治から入り、大坂の豊臣氏に備えて城を大改修しました。以後、明治維新まで津藩の支城として続きます。

【特徴】

高虎は1611年(慶長16年)から本丸を西へ拡張し、内堀に面して高さ約三十メートルの高石垣を築きました。この高石垣は大坂城と並んで日本一の高さとされ、伊賀上野城最大の見どころとなっています。五層の大天守も建てられましたが、完成間近の1612年(慶長17年)に暴風雨で倒壊し、大坂の陣の終結もあって再建されませんでした。石垣の上端には柵がなく、覗き込むと足がすくむほどです。

【見どころ】

現在天守台に建つ三層の天守は、1935年(昭和10年)に地元選出の代議士・川崎克が私財を投じて木造で建てたもので、伊賀文化産業城と名付けられました。大天守と小天守から成る複合式の姿は昭和の木造建築として貴重で、天井には横山大観らが寄せた色紙が飾られています。内部では藤堂家伝来の甲冑や武具も見学できます。城跡は上野公園として整備され、俳聖殿や忍者屋敷も近くにあります。

【トリビア】

伊賀上野城は日本百名城の47番に選ばれています。天守が失われたままだった城跡に「昭和の城」が生まれた経緯は全国でも異例で、川崎克は松尾芭蕉を顕彰する俳聖殿の建設にも力を注ぎました。城のある伊賀は忍者の里としても知られ、上野公園の伊賀流忍者博物館ではからくり屋敷や実演が人気を集めています。城跡は1967年に国の史跡に指定されました。高石垣の下の内堀は今も静かに水をたたえています。

📅 最終更新: 2026/9/25
伊賀上野城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です