【概要】
広島城は広島県広島市の太田川の三角州に築かれた、三重の堀に囲まれた平城です。1589年(天正17年)に毛利輝元が築き始め、のちに福島正則、浅野氏が城主を務めました。国宝だった五重の天守は1945年の原子爆弾で倒壊し、1958年に鉄筋コンクリートで外観復元されましたが、2026年3月に閉場しています。二の丸には表御門や多聞櫓、太鼓櫓などが木造で復元されています。
【歴史】
広島城は、1589年(天正17年)に中国地方一円を治めた毛利輝元が、太田川の三角州に築き始めた城です。山間の吉田郡山城では新しい時代に対応できないと考え、水陸の要衝であるこの地を選んだと伝わり、縄張りには豊臣秀吉の側近で築城の名手とされた黒田官兵衛が助言したといわれます。関ヶ原の戦いの後は福島正則が入り、続いて浅野氏が十二代にわたって城主を務めました。
【特徴】
広島城は三重の堀に囲まれた広大な平城で、日本三大平城の一つにも数えられます。1590年代に完成した五重の大天守は、東と南に小天守を従えた連結式の構えで、桃山期の城郭建築を代表する遺構として1931年に国宝に指定されました。しかし1945年8月6日の原子爆弾により爆風で倒壊し、現在の天守は、復興を願う市民の声を受けて1958年に鉄筋コンクリートで外観復元されたものです。
【見どころ】
二の丸には、表御門と平櫓、多聞櫓、太鼓櫓が、古写真と実測図をもとに1994年までに木造で復元されました。堀を渡って入る枡形の構えは無料で見学でき、木の香りの残る櫓の内部まで自由に歩くことができます。天守は施設の老朽化により2026年3月に閉場しましたが、外観は引き続き眺めることができ、内堀の水面に影を落とす姿は散策路から仰ぐととくに美しく映ります。
【トリビア】
広島城は別名を鯉城といい、堀に多くの鯉が泳いでいたからとも、黒い下見板張りの姿にちなむともいわれ、由来には諸説が伝えられています。プロ野球の広島東洋カープという球団名も、この鯉城に由来するとされています。また二の丸には、爆心地からおよそ740メートルで被爆しながら芽を吹き返したユーカリの大木が立ち、復興の象徴として今も大きく枝を広げ、訪れる人を見守っています。
