【概要】
奈良時代の僧侶。孝謙天皇(称徳天皇)の寵愛を受け、法王となって権勢を振るいましたが、宇佐八幡宮神託事件により皇位継承を阻止され、後ろ盾を失った後に下野薬師寺(栃木県)へ左遷されました。
【道鏡事件】
「道鏡(どうきょう)」は、奈良時代の僧侶で、「日本三悪人」の一人に数えられる人物です。称徳天皇の寵愛を受けて権力を握り、ついには皇位を狙ったとされる「道鏡事件(宇佐八幡神託事件)」で知られています。769年、宇佐八幡宮から「道鏡を皇位につければ天下太平」との神託があったとされ、和気清麻呂がこれを虚偽と断じたことで野望は潰えました。
【僧から権力者へ】
道鏡は河内国(現・大阪府)出身の僧侶で、禅や呪術に優れていたとされます。孝謙上皇(後の称徳天皇)の病を治癒したことで寵愛を受け、太政大臣禅師、さらに法王という前例のない地位に上り詰めました。天皇に代わって政治を行い、仏教政策を推進しましたが、貴族層や他の僧侶からは強い反発を受けていたとされています。
【評価の変遷】
称徳天皇の崩御(770年)後、道鏡は下野国(現在の栃木県)にある下野薬師寺に左遷され、2年後に同地で没しました。近世以降は皇位簒奪を企てた「悪人」として断罪されてきましたが、現代の歴史研究では政争に巻き込まれた悲劇の僧侶という見方もあります。道鏡の評価は時代によって大きく変遷してきた人物といえるでしょう。
📅 最終更新: 2026/1/4




