【概要】
大徳寺方丈庭園は、京都市にある特別名勝です。四季折々の美しい景観が楽しめ、多くの観光客が訪れます。日本の美を象徴する場所の一つです。
【歴史】
大徳寺方丈庭園は、臨済宗大徳寺派の本山である大徳寺の、本坊方丈を南と東から囲む江戸時代初期の枯山水庭園です。1924年(大正13年)に史跡および名勝、1952年(昭和27年)には特別名勝へ指定されました。現在の方丈は1636年(寛永13年)に豪商後藤益勝の寄進によって再建されたもので、庭もこのとき、大徳寺百六十九世の天祐紹杲によって整えられたと伝わっています。
【特徴】
庭は方丈の南に大きく広がる南庭と、東側へ細長く延びる東庭とからなります。南庭は白砂を敷き詰めた広い砂庭で、東南の隅に石組と刈込を寄せ、正面には国宝の唐門を望む非対称の構成をとっています。東庭は大小の石を七五三に配した石組で知られ、江戸時代初期の作事奉行であった小堀遠州の作と伝わります。かつては二段に刈り込んだ生垣越しに、比叡山と鴨川の流れを借景として取り込んでいました。
【見どころ】
京都府京都市にある大徳寺の本坊は通常は非公開で、特別公開の折にかぎって方丈と庭を拝観することができます。白砂に丁寧に掃き出された砂紋のうねりや、朝夕で表情を変える砂の陰影が見どころとなります。方丈の障壁画は狩野探幽が三十代で描いたもので、庭と一体の空間として味わいたいところです。境内には大仙院や高桐院、瑞峯院など、名庭を伝える塔頭が数多く点在し、あわせて巡りたい寺です。
【トリビア】
大徳寺は鎌倉時代末期に大燈国師こと宗峰妙超が開いた禅刹で、応仁の乱で荒廃した後に一休宗純が復興へ尽くしたと伝わります。戦国期には堺の商人や各地の武将が競って塔頭を建てたため、今も二十を超える塔頭が残り、茶の湯と禅の文化を伝えてきました。千利休が山門の楼上に自身の木像を置いたことが豊臣秀吉の怒りを買い、切腹の一因になったという逸話も、この寺を舞台としています。




